OPEN SESAME !

 雷が鳴り響き、雨粒が地をたたく。大陸北部には珍しく、大雨が降っていた。
「おい、全員無事に避難したか?!」
 まだ昼を過ぎたくらいの時刻だが、あたりは暗く、視界が効かない。駆け足でやってきたこの雨雲のために、中央山脈にいた観光客や土産物屋は昼前にはみな下山したらしい。ノーステリアの住民たちは、大陸南部との連絡路の様子を見に来ていた。
「まずいな…俺たちも早くノーステリアまで帰らないと、危険だ」
「あ?何だって?」
「危ない、っていったんだ!引き上げよう!」
 雨音と雷鳴に負けぬよう、怒鳴るようにして意思を伝え合う。道だった場所が、もはや川のようになっている。かなり離れた場所から観察してはいたが、それでも安全とは言い切れなかった。
「!おい、あそこ、崩れるぞ!」
 雨は濁流となり、山を削る。比較的地盤が弱かったのだろうか、山の一部がガラガラと崩れ去った。
「……すげえ」
「ん…?あれは…?」
 雨によって閉ざされた視界の中でも、はっきりと見えた薄い明かり。崩れた山から現れた、それは…。
「遺跡、か…?」

 遺跡の内部はどういう仕組みになっているのか、少し明るくなっている。古代の遺跡。その多くには、そこを守るように命令された魔物、あるいは勝手に住み着いた魔物たちが跋扈している。しかし、新しく発見されたその遺跡には、魔物の気配はなかった。
「まあ、そのおかげで僕独りでも来れたんですけど…」
サヴィアーは独りつぶやきながら、遺跡を探索していた。
 学者を志望している彼は、前々から生の遺跡に触れたいと思っていた。書物を通して、発掘品を通して。それも十分心惹かれるものだけれど、実際の遺跡に入るというのは、また違ったものだ。そう思ってはいたが、何しろ学者志望。独りではあまりに無用心である。かといって、大勢の調査隊と一緒に行くのはちょっと意趣が異なる。用心棒を雇う?そんな金はない。
 そこに降って現れたのがこの遺跡である。なぜか魔物の気配がないんだと、好奇心旺盛な若者が話すのを聞いて、サヴィアーはいても立ってもいられずに家を飛び出してきた。

 遺跡にはほかに人影は見当たらない。遺跡探索、というと訪れる人の種類はいくつかある。
 まず、魔物と戦って腕試しをしようという物騒な人々。こんな連中はそれほど数は多くはないが、確実にいる。だがこの遺跡には魔物がいないため、彼らが来るはずもない。
 次に、魔物がいないとなれば現れる、単なる観光客。けれど崖崩れから見つかったこの遺跡、実はまた崩れる危険性も否定できない。命が危険にさらされるかもしれないというのに、誰が観光に来るだろうか?そのうえ、ここはみて面白いものもあまりない。壁全体が微妙に明るくなっているのが、珍しいといえば珍しいが、それなら入り口から覗くだけでもいい。
 そしてトレジャーハンター。平たく言って盗掘家たち。彼らが興味を持つようなものは、ここにはない。
 この遺跡の案内板のようなものが見つかったとき、人々から漏れたのはため息だった。書かれていたのは書庫という文字。一般人にはかなりどうでもよいものである。こっれが宝物庫だったりしたなら、今頃ここは人であふれていただろう。
 しかし、サヴィアーにとってはまさに宝の山といえた。そこで、独りで何とか中央山脈の中腹まで登り、この遺跡に入ってきたのだが…。

 「…どうやってあけるんでしょう、この扉…」
いくつかの仕掛けを動かし、階段を下りて、出会った大きな扉。その鍵をはずすスイッチが見つからない。いや、正確に言うと3つのスイッチを見つけ、すべてオンにしたのだ。それでも扉は開かない。
「まだ、どこかにスイッチが…?」
ぶつぶつと扉の前でつぶやく。傍から見るとかなり怪しいが、そのようなことはどうでもいいのだろう。
「ああ、やっぱりどうにかして遺跡調査に詳しい人を連れて来ればよかった」
 悔恨の声を上げるが、どうやってもたぶん無理だっただろう。崖崩れの危険性と、中央山脈の中腹という場所。天候が崩れれば、それだけで命取りともなりかねない。天候に詳しい人によれば、今日明日くらいは天候が崩れることはない。数日後には、多少荒れるかもしれない、ということだった。しかし、それを全面的に信じて探索に出かけるのはリスクが高すぎる。
 それでもサヴィアーはここに来た。使い古された書物の、重箱の隅をつつくような研究。それに比べて、この遺跡はなんとも魅力的だった。加えて、数日後には荒れるかもしれない天候。もしもう一度崖崩れが起これば、この遺跡が埋もれてしまう恐れもある。だからサヴィアーはここに来た。
「来たんですけど…進めないというのは…」
はっきりいって情けない。
 ずるずる、と壁にへたり込む。慣れない山登りに加え、遺跡の中でも階段を上り下りし、疲労はかなりたまっていた。
「やっぱりまだどこかにスイッチが?でも、行けるところは全部行ったような…」
ぼやきつつ、扉を恨めしげに見る。
「開けゴマ、とか言って開きませんかね」
開くわけないですって。
 独りでぼけて独りでつっこむという、寂しい行為をしていたとき。
 扉が開いた。

 「…は…?」
何が起こったのかわからず、サヴィアーはぽかんと開いた扉を見る。
「まさか…開け、ゴマ、で」
「…何をしている」
「はいぃっ!?」
 突然かけられた声に、サヴィアーは驚いて飛び上がりつつ振り向いた。そこにいたのは学者風の老人。彼はサヴィアーに一瞥をくれて、さっさと書庫の中に入っていった。
(な、何者でしょう…?)
どちらかといえば自分のほうが怪しいということには気づきもせず、サヴィアーは混乱した頭で考えた。
(つまり、扉を開けたのはあのお方ということでござるな)
必死で落ち着こうとしているが、どこかやはりおかしい。
 開いた扉をいまだ呆然と見つめながら、サヴィアーは床にへたり込んでいた。そして…ある決意を胸に抱いた。

 それから大して時間もかけず、かの老人は数冊の本を抱えて出てきた。
「あ、あの!ちょっとお待ちください」
たいそう迷惑そうに振り向いた彼に、サヴィアーは唐突に申し出た。
「お願いします…僕、いえ、私を弟子にしてくださいませんか?!」
「…なんだと?」
 こんな危険な遺跡にやってきた。どうしても開かない扉を開けた。本を、知識を求めるために。それだけで、今のサヴィアーには、師と仰ぐには十分だった。退屈すぎる授業も受けた。古い知識ばかりひけらかす人間にも師事した。新しいものを求めるために、サヴィアーは家を出て、そしてここに彼がいた。
「お願いです、雑用でも何でもこなしますから!」
 突然の申し出に眉間にしわを寄せていた彼は、ふと気づいたように、サヴィアーに尋ねてきた。
「…ここまで、独りできたのか?」
「はい!」
目を輝かせて言うサヴィアー。それとは対照的に、彼は無表情に答えてきた。
「…期待に添えるとは思わんが…来たければ来るがいい」
「あっ、ありがとうございます!…あの、お名前は?」
「クレイシヴ」
「よろしくお願いします、クレイシヴ先生!えっと、僕はサヴィアーって言います!」
「…」
ひたすら無言のクレイシヴと、なにやら舞い上がっているサヴィアーは、開いた扉をあとにして、遺跡の出口へと向かった。

 …この出会いにより、サヴィアーはやがて大陸全土を巻き込む事件にかかわることになる。
 開いた扉の先に続く道は、果たして幸か、不幸か。



END
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