勇者というもの

 その質問をしたのは、たぶん数度目だったと思います。意志が強く、面倒見もよく、おまけにかなりきれいな人であるルーシーですが、私にはどうしてもわからないことがありました。
「ねえ、セイルのどこが好きなの?」
「あら、かっこいいじゃない」
(ルーシーの趣味って…)
にっこり笑って返してくれた答えも、それに対する私の感想も、前にその質問をしたときと変わらなかったでしょう。それでも尋ねずにはいられなかったんです。だってさっぱりわからなかったんですから。


 ダン!と音を立ててアルヤが斬り込む。彼の扱う十六夜の剣が魔物を斬り裂いて、やっとのことで戦いが終わった。
「レイシス、大丈夫?」
ヒロが駆け寄ってくる。大丈夫、とレイシスは言いたかったが、足に走った痛みにひざをついてしまった。
「うわ、けっこうひどいよ」
「…どじっちゃった」
自分の傷を見ないようにしながら、レイシスはヒロの治療を受ける。ヒロが呪文を唱え始めると、セイルとアルヤもこちらに歩いてきた。
「大丈夫か?」
「うん、なんとか」
ヒロの回復呪文で傷はふさがり、レイシスは立ち上がった。ぴょん、と一回ジャンプしてみる。痛みはない。傷の痛みは。
「大丈夫、よ」
「よし、それなら先を急ごう。ここは魔物も強力だしな」
アルヤが言う。確かにここレクストルに住む魔物たちは、これまでに戦ってきた魔物と比べて強力なものばかりだった。加えて彼らが進む理由は…。
「早くあいつらを止めないと」
世界を滅ぼそうとする従属神たちを止めるためだ。急ぐにこしたことはない。


 「ちょっと待て」
だが、アルヤとヒロの言葉に異議を唱えるものがいた。緑の髪に白い服。赤いマントの勇者セイルである。
「待てって…どうかしたか?」
「ケガ?」
アルヤが怪訝そうに言い、ヒロが少し心配げに首をかしげた。
「いや。疲れた」
「はあ?」
言い添えておくと、セイルは仁王立ちでこの台詞を言っている。説得力なしだ。
「どこも疲れてるように見えないよ、セイル」
「疲れたったら疲れたんだ。ちょっと休もう」
言うが早いが座りかけている。アルヤはため息をついた。
「なに言ってるんだ。早く行かないと…」
「全速力で行って、あいつらのところでばてばてになるよりはここで休憩したほうがよくないか?」
「…一理あるかもしれないが、本当に疲れてるのかお前」
「だから、疲れたんだっ。そんなに元気が有り余ってるんなら、先の偵察でもしてこい」
「…そうするかな。魔物もそうそうは出てこないだろ」
「ったく、わがままなんだからさー」
あきれたようなアルヤとヒロ。二人は言葉どおり、偵察に歩き出した。


 残ったのはセイルとレイシスだ。
「…全然、疲れてなんかないじゃないの」
「はっはっは。ばれちゃしょうがないな」
レイシスは少し平らな場所を見つけて座り込んだ。笑っている彼とは対照的に、レイシスは相当疲れていた。もともとレクストルは人がよく通るわけでもなく、今まで歩いてきた道は、道と呼んでいいかどうかも怪しい代物だった。しかも魔物は強い。体力に劣るレイシスには、厳しい行程である。
「どうして休憩しようなんて言ったのよ」
「二人っきりになりたかったからさ…」
「燃やすわよ」
レイシスの半ば以上本気の突っ込みに、セイルは苦笑いして肩をすくめた。そんなやり取りをしながら、レイシスはぼんやりと考える。
(どうして、なんて聞かなくても…)
答えはわかっている。なにかと意地を張ってしまう自分だから、休憩を言い出せなかった。それでも自分が辛そうなのを知っていたのだ、この男は。そういうことには妙に目ざとい。アルヤは普段なら気づくだろうが、今は従属神を止めようとして必死になっている。ヒロは優しいが、微妙に鈍いところがある。その点、セイルは。どんなときでもレディ・ファースト。
「本当に、目ざといんだから」
ぼそりとつぶやくと、セイルが振り返った。
「何か言ったか?」
「なんでもないわよ」
言い捨てて、レイシスは深く息をつく。自分にもう少し体力があったら、彼らを待たせることもなく、あっさり進めただろうに。
「…男だったら、よかったのに」
小さな声で独りごちる。普通ならそんなことは思いもしない。けれどもこんな、体力の違いを思い知らされるときには、たまに思う。もしも自分が…。
「もしレイシスが男だったら、絶対に俺はここにいないな」
「え?」
「考えてみろ、男4人だぞ?むさくるしいことこの上ない。ここまで我慢できるとは思えん」
「き、聞いてたの?」
「美しい女性の声は、俺は聞き漏らさないぞ」
「…あっそ」


 男だったら。もしかしたら、魔法がうまく使えてないかもしれない。もしかしたら、スピードが鈍っているかもしれない。そして絶対に、セイルが逃げ出している。
(まあ、卑屈になることないわよね)
体力はないけれど、自分が役に立っているという自負がレイシスにはある。
「お。帰ってきたぞ」
その言葉に重なるように、だだだっという足音が聞こえてきた。
「セイルー、レイシスー!」
「ど、どうしたのヒロ?」
走ってきたのはヒロ。後ろから、アルヤも来る。
「それがさ、なんかおじいちゃんがいて」
「お前の家系は姉以外にも強いのがいるのか」
「いや祖父じゃなくて。単に年配の男の人って意味だけど」
「そんなことはどうでもいいだろ…」
「あ、アルヤ。誰かいたって?」
「ああ。どうも、レクストルに住んでるらしい…」
「よし。それじゃ、行くか」
セイルが立ち上がり、歩き出した。レイシスも続いて立ち上がる。すると、アルヤがレイシスに小声で話しかけた。
「なあ、レイシス」
「ん?」
「悪いな、疲れてたんだろ?」
セイルの行動でやっとわかった、とアルヤがすまなさそうに言う。
「うん、でももう大丈夫」
「そうか、それならいいけど」
「がんばるよ、あと少しだもん」
そういって、歩き出そうとして、気付く。いつの間にかレイシスの荷物がなく、セイルの荷物が増えている。
「…荷物、持ってかれたな」
「…あの気遣いを、ほかに活かせないのかしら」
あっけにとられたアルヤとレイシス。
「なにしてんの、早く行こうよー!」
ヒロの声にはっと気を取り直し、なんとなく顔を見合わせてくすくすと笑いながら、彼らはレクストルの地を歩き出した。


 え?それで見直したのかって?いえ、あの第一印象はそう簡単に拭い去ることはできません。でも…そうですね、百歩譲って。ルーシーの趣味は、認めてもいいかもしれません。ええ、ルーシーの趣味ですよ?セイル自身じゃなくて、ね。



END
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