闇夜のサミット

ちょうど日付が変わるころ、ユミは同室の3人が寝静まっているのを確認して部屋をでた。同じくとなりの部屋から、彼女と待ち合わせをしていたサヴィアーが出てくる。
「どうもすいません、こんな遅くに」
「まったくよ」
ユミのひとことの返事に、多少サヴィアーはひるんだようだったが、気を取り直して階下を指差す。
「とりあえず、ここで立ち話もなんですので、下行きません?」
ここはユールクレイラの宿屋。たまには骨休めをしようという、主にルナンの主張で皆が泊まることになったのだ。2階は客室、1階は食堂兼…酒場である。サヴィアーが飲むのに付き合うのには遠慮したいユミだったが、廊下で立ち話もそれ以上にいやだ。
「…そうね。悪いけど、お酒にはあまり付き合えないわよ」
「かまいませんよ、相談にのっていただくわけですし」
「そういえば、何の相談なの?まさか恋愛相談とか言わないわよね」
じろりとサヴィアーを見ると、彼は明らかに驚いた顔をした。…図星。
「えっ…と、その」
「…そのために私の睡眠時間を削ろうってわけ?」
「す、すいません」
素直に謝るサヴィアーを見て、ユミはため息をついた。相談にのってくれと頼まれたとき、断らなかったのはユミ自身である。それでもまあ、文句のひとつやふたつは言いたくなるが。
「にしても、なんで私なのよ。ルナンとかの方がいいんじゃない?」
「ユミさんのほうがシンディさんと年齢が近いですし、ルナンさんにはもう相談したんですよ…そのときはディザさんにも知られてしまって」
サヴィアーはなんともいえない表情をした。どうやらあまりいい思い出ではないらしい。
「ま、いいわ、下に行きましょ。当然、おごりよね?」
「あ、は、はい!」
ふたりで階段を下りて、酒場に行ってみると、そこには。
「おお、おぬしらも飲みに来たのか?ここはなかなか品揃えがいいぞ」
すでに何杯か飲んだ様子の、ライゼルが陣取っていた。
「…あなたって本当についてないわね」
あきれたようにユミが言う。サヴィアーは呆然としていた。

「ほほう、恋愛相談とな」
やけくそになったのかなんなのか、結局サヴィアーはライゼルにも相談することにした。しかしよくよく考えてみれば、人生経験は仲間のなかで誰より豊富なライゼルだ。もしかすると良い助言をしてもらえるかもしれない。
「うーむ、若いもんはええのう」
「あら、おじさまも若いじゃない」
「…おじさまと言っとる時点で、すでに違う気がするがのう」
「それもそうね」
「フォローしないんですか?…って、そんな話じゃないんですよ」
サヴィアーは景気付けにグラスを一杯空けて、単刀直入に切り出す。
「シンディさんは、僕のことをどう思っていると思います?」
顔を見合わせるユミとライゼル。
「嫌ってはないと思うわよ」
「そうじゃのう」
ユミもグラスを傾ける。サヴィアーよりはだいぶアルコール度の低いものだが。
「もしかしたら意外に名前を覚えてないとかはあるかもしれないけど」
「いや、さすがにそれはないと思うが…どうかの」
「そ、そんな」
あからさまに慌てふためくサヴィアー。良くも悪くも、彼は真面目なところがある。ライゼルとユミは、またも顔を見合わせて苦笑する。
「まあまあ、冗談じゃよ。じゃろ?ユミ殿」
「ええまあ。少なくとも、フォールンとかいう男よりは好かれてると思うわよ」
「あのそれ、励ましてくださってるんでしょうか」
「そういえば、あまり励ましになってないわね…」

酒場はいつにもまして賑わっている。けれどもその賑わいもよそに、サヴィアーはどことなく落ち込んでいる。ふたりはちょっとばかり責任を感じた。
「ほれほれ、あまり落ち込むものではないぞ」
「そうそう。話を変えましょうか。サヴィアーはシンディのどこが好きなの?」
「そっ、そうですね」
突然目が輝き始めた。怒涛のごとく喋り始める。
「あの遠くを見つめるようなまなざし、神秘的な雰囲気…」
「(ひそひそ)…どこ見てるかわかんないとか、人を寄せ付けない雰囲気って言わないかしら」
「(ひそひそ)…いや、とりあえずあやつが幸せなら良いと思うぞ」
「はい?どうかしました?」
「いえ、なんでもないわ」
これほど「あばたもえくぼ」ということわざを体現している例もめずらしいのではないだろうか。ユミは再び話題を変える必要を感じた。このままのろけ(とも断言できない話)を聞かされ続けてはたまらない。
「なんにしても、シンディに好かれたいわけでしょ?じゃ、やっぱり喜ばれるようなことをしないと」
「そう…なんですけど。それがわからないんですよ」
「シンディ嬢ちゃんの喜ぶことか…」

3人そろって沈黙する。無口な彼女は、なかなか自分の好きなものを口に出すことはない。誰かさんとは対照的に。思えば、シンディが喜ぶことなんてほとんど知らないのだと気付いて、サヴィアーは再びしゅんとした。落ち込みを振り払うように首を振って、ふと窓の外を見る。
「今夜は新月…闇夜なんですね」
それは先が見えずに迷っている、彼の心理を象徴するかのようで。彼は深く深くため息をついた。けれど、ライゼルは言った。
「そうじゃのう。星が良く見える」
「は?」
きょとん、としたサヴィアーの顔をおかしそうに眺めやり、ライゼルが言う。
「月のでぬ夜のほうが、星は良く見えるじゃろ」
知らんかったか?と笑って言う彼。それに、ユミが続ける。
「今夜からまた月が満ち始めるわね」
「…そう、ですね」
暗い道に明かりを灯してもらったような、そんな気がした。新月の夜は、闇夜というだけではなく。星が良く見える夜。月がまた満ち始める夜。そう思えばいいのだと。

しかし、サヴィアーが立ち直っても、出ない案は出ない。
「シンディさん、何をすれば喜んでくれますかね…」
「そうねー、あの子は良くわかんないから」
進むのは酒の量ばかりである。ユミはすでに付き合うのをやめ、オレンジジュースに切り替えている。ライゼルがどん、とジョッキを置いて言う。
「とにかく、あの嬢ちゃんに笑顔を取り戻さんとな。それはおぬしの役目じゃぞ」
「笑顔…」
サヴィアーはその言葉を聞いて、シンディの笑顔でも思い浮かべたのか、ぼーっとしている。…そのため、対処が遅れた。
「そう、それにはやはり、笑いしかあるまい!」
ライゼルがすっくと立ち上がる。それでやっとサヴィアーは気がついた。このままではまずい。
「この大道芸人、ライゼルが直々に笑いの心を伝授して進ぜよう!」
さて、ここは真夜中の酒場である。むろんのこと、まわりは酔っ払いばかり。
「おー、いいぞー」
「大道芸人?よっ、聞かせろ聞かせろっ」
無責任な歓声が飛び交う。ライゼルは満足そうにうむうむとうなずいている。
「ゆ、ユミさん、止めないと」
そういってサヴィアーはユミの方を振り向く。が、そこでもう遅いのだと気付く。
「あの伝説の刀職人、ダニエール氏に起こった悲劇…」
すっと息を吸う、ライゼル。
「鍛冶屋が、火事やー!」
………。
一瞬にして、酒場の空気は凍りついた。むろん、サヴィアーも同様。ただ一人、ライゼルだけがわははと豪快に笑い、限界がきたのか、そのままごろんと倒れて眠ってしまった。
「…えっ…と…」
アルコールではびくともしないサヴィアーの頭も、半ば麻痺状態である。そのとき、ユミがさっと立ち上がった。
「くくく…、備えあれば憂い無しね」
そう、サヴィアーが振り向いたとき、ユミはこっそり耳栓をしていたのだ。
「本当は、うるさくて寝られないときのために持ってたんだけど」
酒場に響くのはもはや、彼女の声だけだ。…いや、ライゼルのいびきも。
「じゃ、サヴィアー、ご馳走様。おじさまを運んでおいてね」
お休み〜、と、気楽な声を残してユミは階段を上がっていく。後に残ったのは、サヴィアーひとりと多数の酔っ払い。そしてもちろん、素敵な額を示した領収書である。
サヴィアーはちょっぴり泣きたくなった。

けれども、次の朝。シンディが笑顔で「おはよう、サヴィアー」と言ったそれだけで、彼はあっさり癒された。それは、挨拶と笑顔の大切さを、彼女に説いた二人がいたおかげだったのだが…。

とりあえず、闇夜は明けた。



END
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