リーダーは誰だ! 時は、アルヤが旅立つきっかけとなったあの事件より、さらに数年前のことです。 ルセイヌ城内。そこが彼の仕事場でした。彼の名は…まあ、どうでもいいんです。重要なのは、彼が城の警備兵で、ちょっとばかり思ったことを口にしやすいタイプの人間だったということなのです。 「ああ…今日も警備か」 「当たり前だろ、俺たちは警備兵なんだから」 同僚が諭しますが、彼は聞いてはいません。 「なんだかな。こんな苦労って、上の人たちはわかってんのかね?」 「勤務中にそんなこと話すなよ」 「だってさ。最近妙に警備が厳重になっただろ。きな臭いったらありゃしない」 一面の真理をついてはいますが、サボりたいと顔に書いてあるような彼がいっても説得力も何もありません。 「陛下や、あの御三方のお考えは俺も知らないが、だからといって警備をしなくてもいいってことにはならないぞ」 「お前、固いなあ…」 あーあ、と彼は大きくため息をつきました。そして、突然思いついたように同僚に尋ねました。 「そういえば」 「まだ何かあるのか…?」 「あの3人って、誰が一番えらいんだろう」 その問いが、事の発端でした。 彼はルセイヌ城内で警備を行っていました。そのとき、かねてからの問いを、あっさりと口に出しました。それだけなら別に問題はなく、同僚がため息をつくぐらいですんだはずなのです。けれど、その問いを。ちょうど近くにいた当事者の3人も、一緒に聞いてしまったのです。まだしも、3人ばらばらに聞いたのなら良かったのですが。 「3人の中で」 「一番…」 「エライ?」 顔を見合わせた3人の魔導師。いずれも、自分が一番だと思っていることは明らかでした。 かくて。ルセイヌ内で最高レベルの魔導師たちによる、世にも低レベルな論争が幕をあけました。 「ソンナノ、ボクニ決マッテルヨー!」 「そんなわけがあるか、俺だ、俺!」 「あなたたちが…?片腹痛いですよ」 3人の中で、誰が一番なのか。それを聞いた次の瞬間、もとよりそれほど仲良しこよしなわけでもなかった3人は、一気に臨戦態勢に入りました。突然呪文を唱え出さなかっただけ、まだましといえましょう。 「コノボクダヨ!ホラ、ミテミロ!」 ノーティスがずい、と胸をはります。ほかの2人は、あまりにノーティスに自信があるのでちょっと不審に思いました。 「…なんなんですか」 「ワカラナイノカイ、ソンナコトモ」 得意げにノーティスが続けます。 「リーダーハ赤ニ決マッテイルダロー!」 「あほかあぁっ!」 ぼぐっ、と妙な音を立ててエルドの鉄拳が入りました。魔導師にしては肉体派なつっこみです。 「全く、そんなくだらない理由とは…」 あきれてものも言えないというように、オウトが首を振ります。 「それなら私は…環境に優しい、緑ですよ?!」 「お前もか!しかもそれパクリだろーが!」 「ナンダヨ、キイロナンテ虫シカヨッテコナイヨーナ色ノクセシテ」 「てっめえ…もう一撃くれてやろうか?今度は魔法で」 「カエリウチダヨ」 「まあ、その辺にしておきなさい2人とも」 正気に返ったのでしょうか、オウトが二人をなだめます。 「やはり、単なる色でこのようなことは決められないでしょう」 …誰が偉いかなんてどうでも良いと言わないあたり、完全に正気になったわけではないようです。 こほん、と咳払いをしてオウトは言います。 「上に立つものとして、必要なのは色なんかではなく能力です」 正論です。赤だ緑だと騒いでた人とは思えません。 「それならば。もっとも知略に長けた私がトップに立つべきでしょう」 「へっ、知略ぅ?このあほと同レベルで争っていたやつが?」 「ムキー!アホッテボクノコト言ッテルノカ、エルド?!」 騒ぎ立てるノーティスを無視して、エルドは続けます。 「だいたい、上に立つのに必要なのは力だろ。なら俺が適任だ」 「コノ腕力バカー!」 まあ、三魔導師腕相撲大会などが行われたことはないため、エルドの力が一番強いというのが事実かはわかりませんが、たぶんそうでしょう。 「腕力なんて魔導師には必要ないでしょうに」 「ソーダソーダ!ソレニ、上ニタツノニ一番ジューヨーナノハ人望ダロ!」 非のうちようがありません。どこかの皇帝に聞かせてあげたい言葉ですね。 「お前がそれを言うのか…?」 「スクナクトモコノ中デハボクガ一番人望ガアルヨ」 「何を根拠に」 「エルドトオウトナンテ、クベツモツケラレテナインジャナイノー?」 「なっ…」 区別がつけられているかどうか。たしかに、人望以前の問題です。微妙に痛いところをつかれたのか、エルドとオウトは一瞬絶句してしまいました。が、すぐに言い返します。 「…しかし、あなたに人望があるとは思えませんよ」 「ああ。何言ってるかわかりにくいしな」 「フン、シャベリカタモ個性ノウチダヨ」 「そんな個性などいらん」 「負ケオシミハ見苦シーナー」 「負けてねえっ!」 …不毛です。そのときオウトは、事態を打開する鍵となるかもしれないものを見つけました。 「あれは…確かセリア姫とよくいっしょにいる…アルヤ、とか言いましたか」 てくてくと歩いている赤毛の少年。年齢は二桁になったかどうか、というところでしょうか。 「エルド、ノーティス。取っ組み合いをしている場合ではありませんよ」 「ナンダヨ」 「どうかしたのか?」 あわや決戦、という雰囲気になっていた2人はオウトの声に振り向きました。 「あの子供に聞いて見ましょう。私たち3人の、誰がえらいかを」 オウトの言葉はなかなかに唐突で意外なものでした。 「ガキナンカニ決メサセルノカイ?」 「あの子はよくセリア姫と一緒にいるんですよ。城内の噂もおのずから耳に入るでしょう」 「まあ…そうかもしれんが」 今ひとつ納得の行かない2人に、オウトはさらに付け加えます。 「子どもなら、変な遠慮なんかもしないでしょうし」 「フーム…」 「よし、そうと決まればさっさと聞こうぜ」 「アルヤ、アルヤ!」 さて、アルヤです。セリアが何かの会議に出るということで、彼は城内をぶらぶら歩いていました。よく面倒をみてくれるルーシーのところへ行こうか、それとも町に出てみようか。そんなことを考えていた矢先に、魔導師三人組に呼び止められたのです。 「なんですか」 この3人が実はけっこう偉いということは、アルヤも知っていました。けれど、まだ子供の彼はにとっては、偉いかどうかより好きか嫌いかのほうが重要でした。さて、この魔導師たちはアルヤに好かれていたでしょうか?次のアルヤの言葉でお分かりでしょう。 「ぼく、忙しいんですけど」 もちろん、好かれていませんでした。むしろ、積極的に嫌われています。オウトは、内心かわいくないなこのガキなんて思いながらも、不毛の論争に決着をつけるためにアルヤに問い掛けました。 「ひとつお尋ねしたいんですが。この3人の中で、誰が一番偉いと思います?」 「…偉い?」 「ソーダヨ。マー、カンタンナ質問ダネ」 「お前は黙ってろよ」 「さあ、どうでしょう?」 3人の言葉を聞きつつ、アルヤは考えました。激しく言い争う声はさっきから聞こえていました。内容はよく聞こえませんでしたが、この質問からそれを察するのは簡単です。正直、アルヤはエルド、オウト、ノーティスの中で誰が一番かなんて、考えたことも聞いたこともありませんでした。しかし、これは。アルヤは心中でにやりと笑いました。嫌がらせのチャンス。 「聞いた噂、でいいですか?」 ぼく、よくわかんないから。と、にっこりと子供ならではの笑顔を浮かべます。 「かまいませんとも」 むしろオウトたちにとっては、子供の意見なんかよりもそちらのほうが望むところでした。了承を得て、アルヤは言いました。 「オウトさんは力が強いし、エルドさんはすごく頭がいいって」 「エーー!ボ、ボクハ…?」 「さあ」 あっさりと言い放つアルヤ。 「ソンナ…」 ノーティスはショックで立ち直れません。それを尻目に、エルドとオウトが笑います。 「ふふふ、やはり私の力は…」 「当然だな、俺の頭は…」 「「……あれ?」」 2人は、顔を見合わせます。嫌な予感がひしひしとします。 「「ぎゃ、逆…?」」 さぁっと、血の気がひきました。そんな2人を見て、アルヤがあ、と声を上げます。 「すいません、まちがえちゃいました」 「あ、ああ!そうでしょうね、まだ子供ですからね」 「驚かせやがるぜ、全く…」 ははは、と胸をなでおろした2人に、アルヤはとどめの一撃を加えます。 「オウドさんと、エルトさんの間違いでしたね!」 びしり、とエルドとオウトが固まりました。 それを見て、アルヤはさっさと立ち去りました。顔にしてやったりという笑みを浮かべて。 その笑みに気付かず、アルヤの言葉を本当の噂だと信じてしまった3人組。彼らが立ち直るのには、かなりの時間がかかりそうでした。 END |
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