出港 ……盗賊団の暴挙、伝染病の猛威、エターナルという組織が誕生したのは大陸がそのような多くの危機に疲弊したときだった。「全てのものに永き幸せを」その言葉を旗印に掲げた彼らは、大陸の新たな危機となった。しかし、皮肉にも、彼らに対抗するという形で大陸は一つにまとまり、エターナルが滅亡した後、大陸各都市はめざましい発展をとげる。特に、それまでに打撃をうけていた都市の復興および発展は著しいものであった。クレスフィールドは、人民への被害がほぼなかったので最も早く回復し、他の都市への援助までを申し出た。ツーリア、フェイマルはエターナルに支配をされていたものの工業都市と港町という重要性から、人間が戻るのも早かった。そして、異例の復興をとげたセノウ。これには、船の発達が大きな役割を担っている。イリーディア発見により、人々の興味は海へと移った。イリーディアの内部で新たな造船技術が見つかったことと重なり、一部でしか行われていなかった船の航行が活発化する。そしてセノウはその立地を生かし、港町として…… 「…ふう。さすがに疲れるわ」 つぶやいて、ユミはペンを置いた。エターナルの興亡や、イリーディアの発見など、様々なことが起こった年から5年たった今。やはり研究が性に合っていた彼女は当時の出来事と、それからおこったことを書き綴っていた。いわば、近代史である。今は覚え書きのような状態だが、そのうちきちんと校正し、本にしようと考えていた。しかし。 「あーもう。どうしようかしら」 彼女にしては珍しく、迷っていることがあった。疲れたことだし、とりあえず部屋から出て気分転換をしよう。そう思って、メモを持ったままドアを開けると。 「はっ、ユミ姐さんじゃないですか!」 「お、おひ、さしぶりですっ」 「…また疲れるのが」 なにやら慌てふためいている二人組。シューティングスター…なんだったかしら、とユミは疲れた頭で考えた。結論はどうでもいい、だったが。 「何なさってるんですか?こんなところで」 「…これを書いてたの」 説明するのもごまかすのも面倒だ。ユミは紙の束をひらひらとさせて答えた。 「なんすか、それ」 「読んだら?わかるかどうかは疑問だけど」 「相変わらずきついっすね。えーと。えー」 「…町の復興についてですか?」 「それはまあ見ればわかるわねぇ」 思わず呆れたが、意外な言葉が緑色の服を着たほうから出た。 「フェイマルに、セノウに…あれ?なんか滅びた町ってもうひとつありやせんでした?」 「おう、そういえばそうだな相棒。なんつったっけ」 一番聞きたくなかった言葉だ。 「…もういいでしょ。返しなさいよ」 「あ、はい」 「なんか顔色悪いっすよ、姐さん」 「うるさいわね、疲れてんのよ。で?あんたたちは何でセノウに向かってるの?」 「…は?」 二人は顔を見合わせる。ユミは八つ当たり気味に続ける。 「だ、か、ら。何でセノウ行きのグラウンドシップに乗ってるのかって聞いてるのよ」 「ここここ、これ、セノウ行きですかあっ?!」 「何いってんのよ当たり前じゃない。だいたい乗船券を…」 といいかけて、ユミは二人がやけに慌てていたことを思い出した。 「…もしかして、密航?」 「!!な、何でわかったんすか俺たちが密航してるって!」 「姐さんは超能力者だったんですか?!」 大声で自分たちの悪事を騒ぎ立てる人間もめずらしい。つくづく二人と会話をすることに疲れを感じたが、とりあえず話題はそらせたらしい。そこに、騒ぎを聞きつけたのか乗員がやってきた。 「どうかなさいましたか?」 「いぃぃえいえいえ何でもありませんよ。はっはっは。」 「ええええもちろん何にもありませんとも。それにしてもいい天気ですねえ」 「ここは甲板じゃないから空は見えませんよ、お客さん」 営業スマイルを浮かべて、乗員はゆっくりとこちらに近づいてきた。なぜか隙がない。 「でも本当にいい天気ですよ。良かったら甲板でいい空気をすわれませんか?」 「そっそっそうですね、やはり船室に閉じこもりきりはいけませんね」 「ではお言葉に甘えまして…」 二人がぎぎぃときしみそうなぎこちない動きで甲板へ向かおうとすると、そこに乗員が手を差し伸べた。 「ご案内しますよ」 「あ、ありがとうございます、でも…」 「けっこうですってなんかすごく痛いんですけどおおぉっ?」 「密航者は樽流しが海での原則ですが、グラウンドシップなら甲板掃除が関の山です、良かったですね」 「ひいいいぃっ!助けてください、姐さんっ!」 「あら、どなたのことかしら」 「ひ、ひどいいぃぃ…」 ユミに向かって一礼し、その笑顔からは察することができない膂力で乗員は二人を引きずっていった。多少高めだったが個室のチケットを取っていたのは正解だった、とユミは思った。二人の仲間と疑われるなんて事はもってのほかだ。むろん、個室を取ったのは執筆作業に専念するためだったのだが。 「やれやれ」 余計に疲れたため、甲板に出るのはやめにして部屋に戻る。頭の中ではさっきの言葉が渦巻いていた。 『滅びた町ってもうひとつ…』 迷っていたところを、痛いほどにつく言葉。彼女は自分の故郷と父親のことを、本に記すことについて悩んでいた。 「客観的に、書けるわけないじゃない」 それは本当のことだが、言い訳ということは自分でもわかっていた。誰も聞いてはいないのに、自分に対してまで言い訳をしてしまう。単に書きたくないだけという子どもじみた理由をもつことがいやで。書くのが辛いと認めることが負けたようで。 「あの二人でも気づいたなんてね…」 それはつまり、彼女がこれから書き上げる本に、どうしても故郷のことを載せる必要があるということだった。そうでなければその本は不完全なものとなってしまう。書かないわけにはいかない。でも書くことができない。 「…ま、いいわ。着いてからで」 彼女はメモと思考を投げ出して、セノウへつくまで一眠りすることにした。 そこには、仲間たちが待っている。 セノウに着いたときの感想が「うざい」だったのは、隣を歩く彼女には言わないほうがいいだろう。街は人でいっぱいだった。それだけ復興したということだが、人ごみが好きではないユミにとっては喜ばしいものではない。 「にぎやかでしょう?」 と、ラーフィアは誇らしそうにいってくる。エターナルの幹部から、いまやセノウの議長となった彼女とは、なにやら悲鳴の聞こえる船を下りたところでばったりと再会した。ルナンたちはもう着いているらしく、ユミは彼女に皆がいる宿屋へ案内してもらっていた。だがなんにせよ、人が多い。 「もしかしていつもこんななの?」 「そう、と言いたいところだけど。今は特別人が多いのよ」 「何でわざわざ私がいるときに限って」 そう愚痴ると、ラーフィアはくすりと笑って答えた。 「あなたが来ているからよ」 「はあ?」 「わかってないわね。あなた、何しに来たのよ」 わざとらしく肩をすくめ、ため息などついて、ラーフィアはこちらを見た。腹の立つ言い草と仕草だが、言いたいことはわかった。 「明日は記念すべき出港の日なのよ、外海への。みんなが集まっても不思議はないと思わない?」 「…まあね」 ユミと、彼女の仲間たちがセノウに集まったのは、明日外海へ出発するためだ。この大陸の北部に別の大陸があるらしい。そんな情報がイリーディアの調査からもたらされ、それを調査する船がセノウから出発することになった。その船にユミたち7人が乗る。まだ未知の部分が多い海へ行くのは、やはり腕が立たないと、というサヴィアーとユミ自身による周囲への説得の賜物である。まだ人が見たことのない場所へ行く、こんなチャンスを見逃す手はない。そうユミたちは思ったのだ。そして、人々はその出港シーンを見逃す手はない、と思ったのだろう。かくてユミは人ごみをかき分けつつ進むことになる。 「しかしまあ、よくここまで復興させたものね」 ユミは素直な感想を口にした。セノウには5年前にも立ち寄ったことがあるが、ゴーストタウンも同然だった。伝染病で滅亡したのはそれから5、6年前。約10年間の空白のあとでセノウは見事に復興をとげ、その功績のほぼ全ては隣を歩く彼女にあると言える。 「これが、私たちがやりたかったことだから」 少し寂しそうに、そしてそれ以上に誇らしそうに、ユミに向かってというよりは自分に言い聞かせるようにラーフィアは言った。私たち、というのがエターナルのことを指すのか、それともほかの人間を指すのかは定かではなかったが、それを問いただそうと言う気はユミには起こらなかった。 と、INNという看板が見え、ラーフィアが指をさした。 「そこの宿よ。部屋は店主に聞いてちょうだい」 「それはどうもご丁寧に」 「ま、仕事みたいなものだから。それじゃ、期待してるわよ。何か見つかれば、また街がにぎわうわ」 すっと振り返って、歩いていくラーフィア。思わずユミは声をかけた。 「ラーフィア」 「?」 「…いい街ね」 別にわざわざ呼び止めるようなことではなかったが。 「ありがとう、何よりの言葉よ」 応えたラーフィアは、言葉通りに何より嬉しそうな顔をした。 それほど嬉しそうな顔ができるのは、この街が彼女の夢の成果だから。つまり、ユミ自身でいえば…。 (あの本、ということになるかしら) 浮かれ気分の街とは逆に、気持ちが重くなる。今日何度めかのため息をつき、ユミは宿屋の扉を開けた。 「……!」 「…!!」 宿の店主に教えてもらった部屋から、何か言い争う声が聞こえる。声からするとどうもルナンとディザのようだ。たいしたことはないだろうと、扉を開く。案の定、突然開いた扉をふり返ったのはその二人だった。 「ユミ!久しぶりね、元気してた?」 「おう、あいかわらずなんか白っぽいな」 「あんたもあいかわらずタワシね」 「…口も性格もあいかわらずだな、おい」 やはり口論というほどでもなかったのだろう、二人はすぐに何ともないようにユミに話し掛けてきた。他の4人は街をまわっているという。ルナンたちは自分たちの近況を話しつくしたあと、ユミに尋ねてきた。 「何してたの、最近?」 「ああ、これを書いてたの」 そういってユミは紙の束を荷物から出す。文字でいっぱいのそれを見ただけで、ディザがうめいた。 「うげ」 「これって…」 興味を示したルナンに、ユミは内容を話した。それを聞いて、ディザも少しは興味がわいたらしい。 「だけどまあ、ちょっと書きにくいところもあるのよ」 「そうか、まあそうだろうな」 めずらしく弱音らしきものをはいたユミに、めずらしくディザがつっこむこともなく素直に返した。するとルナンがあっさりと言う。 「なら、サヴィアーに書かせちゃえば?」 「…え?」 「だから、サヴィアーも一応学者だし。専門とかよくわからないけど、サヴィアーだってクレイシヴのことは知ってるし、サンピアスのことも聞いてるもの」 「お前、少しはサヴィアーに聞くとかしろよ」 「大丈夫!シンディを説得すれば簡単よ」 「…えぐいやり方だな」 二人の会話を聞きながら、ユミは心にかかっていた負担があっさりと払いのけられたことを感じていた。すべてを一人でする必要はない。それは当たり前の簡単なことだが、一人でいると気付かないものだ。というか、気付かなかった。図書館にこもっていないで、さっさとセノウに来ておくべきだったかしらと、ユミは苦笑しながら考えた。 「そういえば、あんたたち何を言いあってたの?」 「そう!聞いてよユミ、わたしね、船にもう少しトマトをのせていきたくて」 「だから、多すぎだって!食いきれないだろ、いくらなんでも」 「平気だってば!魔法で凍らせれば腐らないし」 …他愛もない。 「…まったく、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけど?」 「な、ば、ば、馬鹿なこというなっ」 ディザが顔を真っ赤にして反論する。見ればルナンも頬を紅潮させている。 「あら、やけにあわてるわね。…もしかして、もうすぐ本当に…」 「や、やめてよユミ、そんなことないないない!」 「まーそう言うことにしてあげてもいいけど」 二人をからかっていると、部屋のドアがばたんと開いた。ナックとライゼルが姿を見せる。 「ただいまーっ、あっユミ、来てたのね!」 「おお、ユミ殿、久しぶりじゃの」 「お久しぶり。ほら、妹さんがお帰りよ、ディザ、ルナン」 「え?」 「だから、違うってー!」 二人の抗議に、ユミは久しぶりに心から笑った。 それからすぐ後にサヴィアーとシンディが帰ってきて、その夜は思い出話とこれからの航海の話に盛り上がった。酒まではいり、ナックとサヴィアーはあいかわらずの酒豪っぷりを見せつけていた。ユミは多少酔ってほてった頭を冷やしに外に出た。彼女の悩みが晴れたように、星空にも曇りがない。 「"クレスティーユ"は幸せそうよ、クレイシヴ…」 悩みを取り去ってくれた人と、悩みの原因だった人を思い浮かべて、ユミはつぶやいた。 「父さん、あなたは…」 幸せだった?答えの返ってこない問いをなげかける。思い出すのは、小さかった頃…家族でいた日々。父を許せなかったのは、村の人々や罪のない人々を殺したからだけではなく、単に自分を捨てたからなのかもしれないとユミは思っていた。 (酔ってるわね) 2、3度かぶりをふって、ユミは空を見上げる。きっと明日は航海に絶好の日和になるだろう。風も穏やかで、悲鳴を運んでくる。 …悲鳴?はたと気づいてユミは宿を振り返った。ルナンが窓から顔を出して叫んでいる。 「ユミーっ、ちょっと二人を止めるの手伝って!」 「…はいはい」 明日は早い。あまり遅くまで飲んで二日酔いにでもなれば、船にも酔うこと間違いなしだ。全員があの二人のようなザルならば話は別だが。それにしても、とユミは思う。彼らといると物思いにふけるひまもない。それはある意味では、とてもありがたいことだ。 (感謝してるのよ、一応ね) 口に出しはしない思いだが。結局あの件をサヴィアーはあっさりと引き受けてくれた。シンディも読みたいでしょ?というルナンの言葉に、彼の想い人がうなずいたのも大きな引き金となったのだろう。今まで悩んでいたことはたやすく解決し、明日からは楽しみにしていた航海の始まりである。アルコールも手伝って、常になく楽しそうにユミは宿屋へ戻っていった。 その夜ある宿屋の一室から銃声が聞こえたと言う噂は…きっと、根も葉もないものだろう。 「準備オッケーだよ!」 港は昨日以上ににぎわっている。船の上で、ユミ達は出港準備をほぼ終わらせていた。ナックが元気に宣言する。対して顔色が悪いのはその兄だ。 「つーか…おれ船酔いで死ぬかも」 「私が止めに入る前にかなり飲んでたものね」 「飲まされたんだよ…しかし、あの止め方はどうかと思うぜ」 「うるさいわね、私も酔ってたのよ」 昨日の晩はナックとサヴィアーを、ユミが強硬手段で止めることに成功した。…もっていたビンを撃つという、見ているほうが止まりそうな手段だったが。しかし酔ってそんな手段を使い、しかも成功させた彼女は只者ではない。 はっきり言って、褒め言葉ではないが。 「ほれ、ユミ、ディザ、おぬしたちも来い」 「ん?どうしかしたのか」 「もう出発するからの。挨拶をせねば」 船縁によってみると、そこには見知った顔がずらりと並んでいた。ルナンの父のガゼールやラーフィアをはじめとした村長や町長たちに加え、甲板掃除から脱したのかあの二人も野次馬の中に並んでいる。 「それじゃ、行ってきます」 と、ルナンが簡潔極まりない言葉を放つと、ラーフィアがそれに答えた。 「よい旅を!」 その言葉にわっと群衆が盛り上がり、ユミ達もそれにこたえて手を振った。 「さて、そろそろ出発しないと」 客船ではないので、いつまでも別れを惜しんでいるわけには行かない。それぞれの持ち場につく。 船出に最適な風が吹き、空は底抜けの青空。 「それでは、出発します!」 サヴィアーの声とともに船が港を離れ、見送りの人たちは最大の歓声をあげる。 進路は北。大陸から世界への旅が始まる。 END |
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