巡り巡るは

 それは十年以上も前のこと。
 ガハディは風邪で寝込んでいた。熱はあるし、鼻は通らないし、のどは息をするだけでも痛い。
「ガハディ、大丈夫か?」
それでも、普段は忙しそうにしている父が心配そうに自分の顔を覗き込むと、安心させようと何とか笑顔を作った。本当は「大丈夫」と言いたかったけれど、声は出せなかった。


 ガハディは目を覚まし、舌打ちとともに起き上がった。
「ちっ、いまさらあんな昔の夢を…げほ」
きっと珍しく風邪を引いたせいだと決め付けて、寝台から立ちあが…れない。一瞬のめまいが襲って、ぺたんとしりもちをついてしまった。これはまずい。
「ガハディさん、おはようございますっ…って、何してんですか?」
「うるさい」
まあ、床に座り込んでいる姿を見れば誰だって変に思うだろう。何とか立ち上がってごまかすように指令を出す。
「おい、見張りは厳重にしておけよ」


「では、行ってきます」
「ああ…しかし、気をつけるんだぞ。最近どうも、ルセイヌのいいうわさを聞かん」
帝国の兵士になるために、ガハディは家を出た。ジアは反対こそしなかったが、少し心配していた。

 それまで、彼の進む道はまっすぐで、迷うことなんて考えもしなかった。
 ルセイヌは、すべてを歪ませた。


 風邪は良くなるどころか、悪化する一方だった。そのぶん、警備はいつもより厳重にさせている。部外者は絶対に立ち入れないようにしている、はず。
「お前ら、何者だ!」
それなのに。手下の怒声が頭に響く。手元の水晶球に目をやって、深々とため息をつく。
「失敗するわけにはいかない…久々に、まともっぽい任務なんだからな」
少なくとも、特に人を殺す必要はなかっただけ、普段の仕事よりましだったと言えよう。覚悟を決めて、剣を握りなおす。その手に力は入らなかったが。


 ガハディは苛立っていた。念願かなって帝国の兵士になった。最初は良かったが、彼がジアエストルの息子だということが人々に知れ渡って、状況が変わった。成功はことさらに小さく。失敗はいやみなほどに大きく、騒がれるようになった。
 誇りとしか考えられなかったジアエストルの名が、いまや重荷へと変わっていた。
 そんな折、ひとつの任務が下された。
「あなたには、彼らを率いてもらいます」
そこにいたのは、先日仲間が倒したはずの盗賊たちだった。


「何とか、ましになったかな」
カーナの宿屋で目を覚まし、ガハディは独りごちた。熱はだいぶ下がったようで、目の前がふらつくこともない。
「ごほごほっ、げふ」
…いまだに咳は止まらないし、体力も回復してはいないが。
「塔に、戻るか…」
荷物を引き払い、彼は階段を下りはじめた。


 盗賊を率いることになってどれくらい経ったか。初めて罪もない人間を切り殺したときは、国のためだと言いきかせなければ眠れなかった。自分が殺した人間が、何度も夢に出た日々もあった。
 けれど、人間は慣れる生き物なのだ。それが良いことか、悪いことかは別にして。
 ガハディが、盗賊であることに慣れてしまったころ。指令が来た。
「かなりの成果を上げていただきましたので、レンヌ、カーナ地方をおまかせすることにします」
「成果、ねえ…」
ガハディは皮肉に笑ったが、指令を伝える役人は無表情のままだった。地図を指し示しながら、命令を告げる。
「つきましては、手始めにこの洞窟を襲っていただきたい」
「何かあるのか?」
「盗賊がいます」
「…久々に、まともな任務だな」
「まあ、周りからは義賊などと呼ばれているようですが…。盗賊は盗賊です。しかし、かなり手強いそうで」
役人は何かの紙を取り出して、それを読み上げる。
「ですが、今度の新月に、主力の者たちが他の盗賊の討伐に出ます。その隙に侵入してください」
「そこまでわかってるのか…今度の新月なら、明日出発すればちょうどいいか。その情報、当てになるんだろうな」
「もちろんです。それにもし間違っていても…あなたなら、きっと成功しますよ」
それまで無表情だった役人が、意味ありげに笑ったが。その意味を知ることは、まだできなかった。


 アルヤとか呼ばれていた赤毛の少年たちと戦って、何とか逃げ切ったあと。ガハディは、アジトの塔に戻ろうとしていた。
 すると独りで歩いているのを見てか、ラットドッグがガウッと吠えながら襲い掛かってきた。それを一刀で切り捨てる。
「だいぶ力が戻ってきたか…」
死骸を冷たく見下ろして、彼は塔へと足を急がせた。


 洞窟への侵入はあっさりと成功したものの、見張りに残っていた人間の抵抗は思ったよりも激しかった。奪うべき金や物資を運ぶのは手下に任せ、ガハディ自身はそれを剣や魔法で援護していた。しかし、思わぬ台詞が、彼の動きを止めた。
「がんばれ、もうすぐジアさんたちが帰ってきてくれる…!」

!?

「…なんだと」
顔色を変え、ガハディはその言葉を放った人間に襲い掛かる。
「おい!てめえ、今なんと言った!」
「へっ…じ、ジアさんが来てくれれば、お前らなんて…」
襟首を締め上げられながらも、男は気丈に言い放った。その言葉に、あの笑みの意味を思い知る。
「…!全員、さっさと退却しろ!」
「へ、へいっ」
洞窟にためられていたお宝は、すでにかなりの量が運び出されていた。もはやここにいる必要はない。いやむしろ、いてはならない。
「そうはさせるか!」
入り口近くにいた手下たちはすぐに逃げ出した。しかし、奥まで入って戦闘のただ中にいた手下と、ガハディ自身は、そう簡単には逃げられない。それでも何とか追っ手を振り切り、外に出る。
「…ガハディ!?」
「ちっ…」
外で待ち受けていたのは、父、ジアエストル。

一番会いたかった、罪を許してもらいたかった人。
一番会いたくなかった、罪を知られたくなかった人。

呆然とこちらを見るジアに、ガハディは一言だけ告げた。
「あんたの息子はもう死んだ」

もう二度と会えない。自分はこれからも、罪を犯し続けるから。


 塔の最上階で、ガハディは3人を相手に戦っていた。一緒にいた手下3人はすでに倒されている。アルヤの剣が、ヒロの槍が、レイシスの魔法が。だんだんと彼を追い詰めていき、ついに耐え切れず、ひざをついた。
「が、がはあ……くそ……」
「ガハディ!」
懐かしい声が、彼の耳を打った。懐かしい、でも聞きたくない声。聞いてはいけない声。
「て…てめえ…来るな!…去れ!」
血に染まった自分を見てほしくない。
「お前は…なんて愚かなんじゃ…来い、わしのところに戻って来い」
もう、戻れるわけがない。手も心も汚しすぎた。
「く…来るんじゃねえ、こ、殺すぞ」
殺せるわけはないと、わかってはいるけれど。
「剣なんか持つんじゃない」
もう、どうしようもないんだ!
「があぁぁぁ!」
「ばか息子が――!」


 斬りかかっていくと同時に、腹に強い衝撃を感じた。そのまま、落ちていく。
――どうして。
――どうしてこうなった?
――どうして…。引導を渡すときでさえも。
――それでもまだ、息子と呼んでくれるのか…!


 巡り巡るは走馬灯。
 最期に彼の心を占めたのは、ただひたすらの後悔と、ただひとかけらの安堵だった。




END
BACK  HOME



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送