Snow White

 季節は初夏。降りしきる雪。
「おかしいだろ、いくらなんでも!」
天に向かって叫べども、当然雪はやむことはない。
 遠く離れたところからでもそれとわかるような派手な服装の勇者セイルは、暑くなりはじめたのを期に、まだ訪れたことのないラスカートへと向かっていた。ところが、この雪。方向感覚さえ危うい。
(避暑に来て凍死だなんて冗談じゃないぞ…)
 身を震わせながらも何とか足を進める。ラスカートへ向かう途中で宿屋の主人に忠告されたとおり、防寒具を買っていたのがまだ救いではある。どうせなら忠告に最後まで従って、ラスカート行きをあきらめればよかった。セイルは雪を踏みしめながらそう思った。


 ちらほらと建物が見え始めた村の入り口には、娘が一人立っていた。栗色の髪の、かなりの美人である。セイルの目がきらりと光ったような気がしないでもない。
「ラスカートへようこそ」
買い物にでも行っていたのか、多少の手荷物を抱えている。その荷物を持ちなおしながら、彼女は営業スマイルでセイルのほうを振り向いた。
「こんな寒い中におでかけですか、お嬢さん。せめてお荷物をお持ちしましょう」
「よろしいんですか?大したものではありませんが」
「いえいえこの勇者セイル、いつ何時でも女性の味方です」
「…勇者さまなんですか?」
「はっはっは、隠しても仕方ありませんが。しかし、すごい雪ですね」
隠すどころか自分から言っているのだが、そんなことを気にするセイルではない。
「本当に。この時期にはちょっと不似合いですが」
 彼女は自由になった手で手袋をはずして、その手のひらに雪を取る。
「雪は、好きなんです。こんなにたくさんあったらちょっと困るけど…きれいですよね。」
じっとその雪を見つめながら。
「ああ確かに。やはり美しい人には物の美しさがわかるものですね」
このときのセイルに効果音をつけるとすればキラーン☆といったところか。
「あら」
しかし村の名を告げた娘はセイルの美辞麗句をさらりと笑ってかわし、村の中心のほうを指差す。
「勇者さん、お店ははあちらのほうですよ」
どうも、最初のナンパは失敗したらしい。


 厳しい顔で空を見据える巫女に、不安を隠せぬ表情で一人の男が問いかける。
「ミナさん、この天候はいったい何でしょう」
 寒さのためにまったく外に出たがらない巫女を説き伏せて、この天候の原因を調べてもらおうとした、町の有力者数人。説得のかいあって…と言うか、巫女の一人が「かわいいコート見つけちゃいましたっ」と、ミナに報告したことにより、何とかこの優秀な巫女による調査が始まったのだ。
「…ヒロの選択は、正しかったのかもね」
「え。それはどういう…?」
 彼女の弟であるヒロは、「こんな寒いのもういやだ!」などと言って何度目かの家出を決行している。家から出るほうが寒いとは考えなかったのだろうか。それはともかく、彼の選択が正しい、ということは…。
「すごくいやな感じがするわ、この雪。何かの魔力を感じる…私が外に出たくないと思ったのもおそらくそのせいね」
寒いからいやだとはっきり言っていたじゃないか、という言葉を無理やり飲み込んで、道具屋の主人が対処法を聞く。
「それなら、どうしましょう」
「勇者が来ているとかいったわね。…早く、原因を突き止めてもらって」
「…み、ミナさんは?」
「私じゃ無理だわ」
「そ、そんなに大変な事態なのですか!」
急に慌てふためいた男たち(何しろミナはしゃれにならないほどの実力者だ)を見据えながら、ミナはだって寒いし、と心の中で舌を出した。


  宿屋の、ある豪華な部屋で、セイルは依頼を受けていた。
「で?依頼は結局何になるんだ」
「この異常な天候の原因を突き止めて、できればその解決を」
 重々しく言う道具屋の主人に、げんなりとセイルは答える。
「…面倒だなー。依頼料ははずんでもらうぞ?」
「ええっ?お金とるんですか?」
「当たり前だろ!金がなければ飢えて死ぬ!」
 全くの正論である。勇者としては微妙な発言だが。
「勇者はくわねど高楊枝、って言うじゃありませんかっ」
「言うかそんなもん!言うとすれば、腹が減っては戦ができぬだ」
 いまいち低レベルな話し合いの結果、報酬はきちんと取り付けられた。


 神殿に行ってミナという巫女に話を聞いてほしいと言われ、セイルは大通りをぶらぶらと歩き出した。犬は喜び庭駆け回り、というが、まさにそのとおりにはしゃぎまわる犬。そして子供たち。今日も元気に雪合戦らしい。服をぐしょぐしょにして母親に叱られていたりもする。困りましたわね本当に、と井戸端会議をするマダムたち。
 …平和だ。これが、初夏のころだということをのぞけば。
 農作物のことなど考えれば、確かに大変な事態ではあろう。しかし雪に慣れたラスカートの人々は、まだそれほど深刻には悩んでいないらしい。あまりの平和さに、本当に自分の出る幕なのだろうかと首をひねりながらセイルは神殿に入った。
 見習い巫女と思われる少女が、ミナのもとへと彼を案内した。


「たぶん、この天候は何らかの魔力によるものです」
「わかるのか」
「そこまでは」
つまり、それから先はまったくわからないということらしい。説明になっていない説明を受けて、セイルはうめいた。
「…とんでもなくアバウトだな」
「助けてクダサイ勇者様」
「なんでそんなに棒読みなんだ。まったく素直じゃないなー」
ふ、と無意味に格好をつけるセイルだが、ミナは一向に感銘をうけない様子で言った。
「…まあそれはいいから。とりあえず、何かしら怪しいものを見つけてください」
「だからその、とんでもないアバウトさはどうにかならないのか」
「思いつくもの、ありません?」
 セイルの言葉を無視して投げかけられた問いに、セイルは頭を悩ませる。
「はっ。この勇者セイルに向かって吠えてきたあの犬か!?」
「…犬に魔法は使えないんじゃないかしら」
「しかしほかには、これといって…」


 神殿を出て大通りを戻り、たどり着いたのは村の入り口。果たしてそこには、空を見つめる『彼女』がいた。
「あら、何かご用?」
「いや、ずっと空を見ているから。…何か、あったのか?」
「たわいもない話よ。結婚してくれるって言った、恋人がいたの」


あるところに、色の白い、かわいい娘がいました。
それはもう、御伽噺の白雪姫のように。
やがて彼女に王子様が現れます。
無論、本当の王子ではなくただの旅人ですが、彼女にとっては王子様だったのです。
幸せな日々が続きました。
そして、雪が溶けて春が来たある日、王子様は彼女にプレゼントをしました。

優しいキスではなく、手ひどい裏切りを。
そうして彼女は目覚めたのです――恐ろしい、魔法の力に。


「でも。雪が消えたら、彼も消えた」
「だから雪を降らせるのか」
「…ああ、気づいたのね」
 まっすぐにこちらを見つめてくる。その瞳には、どこか狂気の色が浮かんでいた。
「雪が、溶けなかった」
 手袋をはずしたばかりの、暖かいはずの手のひら――人間ならば。
 彼女が手のひらにとった雪は、まったく形を変えることがなかった。
「なかなかロマンチックじゃない」
 からかうように笑う。そういえば彼女はずっと笑っている。
 …それでも、心から笑ったことはない。
 セイルは意を決して愛用の剣を抜いた。
「その剣。勇者は、女性を護るものじゃなかったかしら?」
「ちょっと違うな…女性を救うのが、勇者の仕事だ」
「救う?…まだ、まだそんなことを言うの」
 雪の降りかたが、にわかに強まる。気温さえも下がったように感じた。
「こんな姿になったのに」
 栗色の髪が、バラ色の唇が、色を失い雪と同色になり。あっという間に生気に満ちた娘が雪の彫像へと変わる。ただその雪像は、普通のものとは違って――。
「あなたもこの村も、凍りついてしまえばいい!」
雪を操り、セイルを襲い始めた。


「くそ、まずいな…」
 はっきりと、セイルは押されていた。というか勝負になっていない。接近戦でしか戦えないセイルを、彼女は猛烈な吹雪によって近づかせない。吹雪の合間をぬって走りよっても、飛んでくる氷片を避けたりする間に彼女はもっと遠くへ逃げる。致命的な打撃を受けることがなくても、体力が持たなくなるのは時間の問題だ。
 焦りを感じたその瞬間、美しい声が響いた。
「リカバレイション!」
ところどころに受けた傷や、寒さに凍えた指先が、たちどころに癒される。
「…っな、なんだ?」
声が聞こえたほうにいたのは。
「ミナか!」
にっこりと、遠目からでも魅力的な笑みを浮かべて、ミナはさらに呪をつむぐ。
「ブレススクリーン!」
優しい光がセイルを包み込む。吹雪がやわらぎ、走れないほどではなくなった。
「よし!」
 セイルは、突然の援護者に戸惑う彼女のもとへと突進し、剣を一閃させる。その一撃は、雪の化身と化した彼女の体をしっかりと捉えていた。
「今度は、もっとましな男に惚れるんだな」
崩れ落ちる彼女に、セイルは言う。
「あなたみたいな、って言いたいの?」
苦しげに、それでも憎まれ口を放つ彼女。
「いいや。俺みたいないい男が2人もいるもんか」
自信満々に言うセイルを、彼女はくすりと笑った。それはたぶん、心からの笑顔。
「…わかった。あなたよりもいい人を見つけるわ」
 その一言を残し、彼女はあっさりと消えた。
 …季節外れの雪のように。


 助かったと礼を言うセイルに、ミナは尋ねた。
「結局、あの魔物は何だったの?」
「…まあ、ほっといてやれ。雪はやむ、それでいいだろ」
 少し困ったように笑って言う彼を見ながら、ミナはふと思った。
――ああ彼は、本当に勇者になるのだ、と。
巫女の能力か、女の勘か。どちらにせよ、彼女に時々訪れる、このような不思議な確信は、一度も外れたことがない。
「そうね、雪がやむのなら」
ほとんど上の空で答えながら、ミナはひとつのことを心に決めた。


 翌日、ラスカートは活気を通り越して騒々しさに満ちていた。 雪がやんだことにより農業が本格的に始まっただけならまだしも、雪解け水や地盤のゆるみによる災害への対応もさっさと行わねばならない。異常な天候だったときのほうが平和だったというのが、皮肉なことながら事実である。
 セイルは人々の感謝をひとしきり受けたが、その後の面倒までは見切れない。早めにラスカートを離れることにした。
「うーん、何しに来たんだか」
嘆息しつつ村を出ようとすると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「セイル様。あなたに渡したいものがあるんです」
ミナだ。勇者様からセイル様に呼び方が変わっているが、格上げか格下げか。
「ん?報酬はもうもらったが?…そうかなるほど、俺も罪な男だ…」
「これをもっていって下さい、セイル様」
 相変わらずのセイルの台詞を相変わらず無視して、ミナは古い首飾りをセイルに渡した。
「…なんだこりゃ」
「危機に陥ったとき、これを握り締めて念じてください。安全な場所へ逃れさせてくれます」
「便利だな」
軽いセイルの感想に、ミナは首を振る。
「古代の遺物なんです…これがたぶん、最後のひとつ。一度きりしか使えないはずだから、本当に追い詰められたときに使ってください」
首飾りの精緻な細工を見ながら、その説明を聞いてセイルは思わず問い返す。
「いいのか、そんなもの」
「きっと、必要となります。あなたと…この世界に」
 この世界に。何気なく言ったミナの言葉をセイルは聞きとがめた。いつか、自分が世界にかかわる日が来ると、そういうことなのか。
 不敵に笑って、セイルは答える。
「ならありがたく、もらっておく」
その首飾りをもらう理由も、わたす理由も、彼が、セイルが勇者だから。
 名実ともに、彼が世界を救う勇者となるのはまだ先の話だが…。
「では、気をつけてくださいね」
「おう。ありがとよ」
 少なくとも、一人の…いや、二人の女性には。
 セイルは紛れもなく、勇者と認められた。




END
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