遺産

 幾度となく繰り返された他国からの侵略に耐えて、フィルガルトは生き延びてきた。それはひとえに皇帝ディーンの功績といえた。統率力、決断力、その他皇帝という地位にふさわしい力を彼は持っていた。フィルガルトという国自体に欠けていた力を、彼の力が補っていたのだ。もちろん、それにも限界がある。そこで開発されたのが生命兵器であり、その成功例がCR−E、クレスティーユである。かつてない大侵攻がフィルガルトを襲ったとき、それを防いだのもクレスティーユであった。彼女は敵軍の全てを破壊した。

しかし、それだけではないのだ、クレスティーユが破壊したのは――。

「なんということだ…」
敵軍の兵士も、自軍の兵士も、クレスティーユ以外の全てが消え去ってしまったその跡地には、巨大な穴がうがたれていた。報告を受け取ったあと、ディーン以下、CR−E計画に携わる科学者や軍人たちは現地を訪れた。想像以上のその破壊力に、誰もが驚嘆していた。報告をもたらした兵士の声は震えていた。その力に恐怖したのだろう。――人間としては、もしかするとそれが当然だったかもしれない。ただそこにいた人々は、戦の渦の中にある国の頂点に立つ者たちだった。恐怖もあるにしろ、むしろ感嘆の声のほうが大きかった。
その中で、恐怖に打たれた一人が…他でもない、皇帝ディーンだった。

クレスティーユが破壊したのは、ディーンの、皇帝としての力。

 その後、クレスティーユの封印が決定され、イリーディアにいる人員は本格的にアージェプロジェクトに取り組み始めた。フィルガルトを支えていたクレスティーユの封印は、大きな衝撃を人々に与えた。彼女に代わり支えとなるものが必要とされ、その役割をアージェが担っていた。順調すぎるほどに、アージェの開発はすすんでいた。新しいプロジェクトがあるという事実は、確かにフィルガルト全土を活気付かせ、他国の牽制ともなった。ただその内容、アージェの力が一般の人々に知れ渡ることは無かった。

 国の秘密を、一般人が知ることは無い。知ろうとすることすら少ない。だが、国同士は争うようにして、互いの秘密を探り出す…。アージェの力と、その完成を知ったフィルガルトに敵対する四国は、一挙にフィルガルトを滅ぼすべく、連盟を結んだ。

 四国の同盟を知ったフィルガルト上層部は、混乱の極みにあった。四つの国が同時に攻めてくるなら、太刀打ちできるはずもない。クレスティーユが使用可能であったとしても、周囲を全て敵に回しては勝利の可能性は薄い。まして、現在の戦力。フィルガルトの滅亡は目前に迫っていると思われた。アージェの起動を唱えるものもいた。しかし、誰もが恐れていた。失敗を、やり直すのではなく、ただ繰り返すのみとなることを。それを避けるための安全策はとっていると、アージェプロジェクトの責任者は言ったが…その声は弱々しく、信用には堪えなかった。未来へと進む力も、過去へと歩む勇気もなく、ただ混乱する会議室の中で、声を発したのはディーンだった。
「休憩だ。みな、冷静さを取り戻せ」
 水を打ったように静まり返った室内を、ディーンはいち早く出て行った。休憩をとったとしても冷静になれるとは思えなかったにせよ、彼に続いて他の者たちものろのろと退出しだした。


 ディーンが部屋を出てから向かった先は、イリーディアの中でも僻地のような場所だった。簡単には身分がわからないよう服装を変えて、彼はある部屋の扉を叩いた。
「これはこれは皇帝陛下。このようなところにいかなる御用で?」
 慇懃無礼という言葉をそっくり体現するような動作と言葉でディーンを出迎えたのは、数少ない旧友、と呼べる人物だった。彼はイリーディアに住んではいるものの、軍隊や政治とは関係なく暮らしていた。肩書きは、学者。それも歴史の研究家ということになっている。皇帝という地位についてから、彼を訪れることはほとんどなかった。的を射た批判を、的を射すぎたともいえる批判を臆面もなく述べる彼は、上層部から好まれてはいなかった。ディーン自身もその批判を苦手として、会うことは少なくなったのだ。  しかし、滅亡を目前に控えたこのときに…足が向いたのは、彼のもとだった。

 招き入れられた室内で、ディーンは現在の状況を旧友に話した。彼は表情を苦々しくしたものの、慌てたり混乱したりはしなかった。
「もはや、打つ手が見当たらぬ」
そうディーンが嘆息すると、皮肉げに笑って彼は言い放った。
「アージェを動かしたらどうなんだ。そのために作ったんだろう?」
「アージェを目覚めさせることなどできぬ。不安要素が多すぎる」
どうしようもない矛盾を感じながら、ディーンは言った。
「それはそうだろうさ。アージェが完成してから、不安を持たないやつなんていない。周囲の国だけじゃない、フィルガルトでもだ」
「…お前もか?」
ディーンが見やると、彼はやるせないような笑顔を浮かべた。
「そうだよ。…これは、何度目の歴史だ?」
「…」
「この会話を、もしかしたら、何度も繰り返しているのかもしれない。そうでないと、誰が言い切れる」
その言葉は、ディーンに痛いほどの後悔を感じさせた。「時を戻すことができれば」、そう言ったのはほかならぬディーン自身である。そこからアージェプロジェクトが始まったのだ。今にして思えば…いや、そのときも、わかっていたのかもしれない。アージェが、利益をもたらすことなどないと。
「…アージェは使わぬ。断言しよう。これで安心はできないか?」
「他国はそれを信じてはくれない」
「ああ…そうだな」
認めざるを得ない友人の言葉に、ディーンはうめきにも近い声を上げた。
「フィルガルトは…やはり、滅びるしかないのだろうか」
「人を殺すための人を作り、未来ではなく過去を望んで。希望の光が見えるはずもないだろう?」
CR計画すらも批判して、彼は言葉を重ねた。
「この国は滅びる。おそらくは、歴史からも消される。アージェをなかったものとするために」
神聖なる裁きだと、周囲の国々は口々にアージェの、歴史からの消滅を唱えている。アージェを擁するフィルガルト、特に首都イリーディアが歴史から抹消されることは免れないものと思われた。
「…遺してくれぬか」
「何だと?」
「この国を。この国のたどってきた道を」
もしかすると、この言葉を言うために、ここに来たのかもしれないと、ディーンは思った。このままフィルガルトが消え去ることには、耐えられそうもない。自分が統治し、救い続け、そして最終的には滅びの種をまいてしまったこの国。
「時間があるかどうか…遺せるものは、失敗の記録のみだな」
「かまわぬ。…我は敗者だ。遺産とできるものはそれしかない」

「…シェルターを、ひとつくれるか?イリーディアが破壊しつくされたとしても、残るような場所はあるか」
しばし黙考して彼の出した答えは、問いの形をした了承だった。ディーンはほっとしたようにうなずく。
「ああ。…すまないな。今から避難すれば、安全な場所へ逃げられるかもしれぬのだが」
「それはどうかね。もともと、イリーディアに骨をうずめようとは思ってたんだよ」
それに、この国の歴史を遺す準備をした後でも逃げられるかもしれないぜ?と、多少気を休めさせるように彼は言った。
「それで、皇帝陛下。あなたはどうなさるんです?」
彼は突然口調を変えて、ディーンのほうをひたと見据えた。もはや迷いもなくなったか、ディーンはまっすぐに旧友を見つめ返した。
「この国を統べるものとして…最善の道を探す」
「首でも差し出すおつもりか」
「この首だけで、やつらが満足するとは思えぬが。敗れたからには、責任をとらねばなるまい…」
そして、皇帝ディーンは早々に礼と別れを告げ、皇宮へと帰っていった。

「敗者…か」
ディーンがクレスティーユの力を恐れることなく使い続け、アージェに不安を感じることも無ければ、確かにフィルガルトは負けることは無かったかもしれない。
「…皇帝ディーンも、人の子だったということだろうな」
皇帝から敗者へと…神に代わりこの帝国を支配した者から、単なる一人の人間へと変わった友人を見送って、彼は後世への遺産を残すべく、ひとまず部屋へと入っていった。

そして、フィルガルトは滅び…千年の時が経つ。

 ルナンと再会を果たし、久しぶりに7人となった一行は、ユミの「私もイリーディアに行きたい」という発言により、ぞろぞろとイリーディアを訪れていた。この都を徘徊している魔物の強さから、調査はあまり進んではいない。普通の学者たちよりはずっと戦闘に長けた彼らは、新たな発見をしてくれるかもしれないと期待されていた。
そして、その期待にたがわず…地下への扉を、ユミが見つけた。

「ちょっと、ちょっと来て!すごいわよここ!」
「どうしたの、ユミ?」
「何かあったのか…って、うわ、何だこりゃ。おーい、サヴィアー!お前が喜びそうなもんがあるぞー」
”なんか…能天気な集団だな”
ディザに続いて響いた声は、彼らには聞き覚えの無いものだった。
「あれ?だ、誰か何か言った?」
「これは…精神体の声?」
「不思議なもんじゃのう」
聞き覚えの無いものだった、が。超常現象も慣れてしまえばどうということは無い。その正体はあっさりと看破された。
”そのとおり、精神体だよ…あれ?く、クレスティーユか?”
「そう、だけど…情報遅いわね」
”そうか、クレスティーユは、残っていたのか…”
「何なのよ、あんた」
ユミが多少不機嫌そうに言った。邪魔をされたのが気にさわったらしい。
”俺は歴史研究家だったんだけど。まあ、いいんだ。アージェは、もう無いんだろ?”
「え?ええ…。ねえ、今までの精神体と全然感じが違うんだけど」
戸惑いながら答えるルナンに、気配は安心したような雰囲気を漂わせながら続ける。
”気にするな。じゃ、ディーンももう安心して逝ったかな…。俺も、ここを見つけてもらえたからもう満足だし”
「何なんだよてめえ」
「気にするなって言われても…気になっちゃうよね」
”それじゃ、俺消えるから。ここの書物、全部大切にしてくれよ”

「……。き、消えた?」
「言いたいことだけ言って…まあいいわ。それにしてもすごいわ、ここ」
ユミは小さな部屋の中を見回す。その壁は書物で埋められていた。
「ほ、ほとんど風化もしてませんよ…すごい」
呼ばれて、慌てて下りてきたサヴィアーが感嘆したようにつぶやく。
「…何か書いてあるわ」
シンディが見つけた、小さなメモ書きのようなものに書かれてあったのは。
”遺産”
という、一言だった。



END
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