誓いは六月の空の下で……

「わあ、ルナン、すごく綺麗……ほんとに花嫁さんだぁ」
ナックが感嘆の声を挙げる。
ここはクレスフィールド議長ガゼール宅の2階にあるルナンの部屋。そこで今日の主役の片割れの手伝 いを心置きなく楽しんでいる、ナックとシンディとユミの女性陣一同は、ちょっと緊張しながらも微笑 み返した白いドレスの花嫁にすっかりご満悦の表情である。
外からは今日の吉事に沸きかえっているクレスフィールドの人々の、町をあげてのお祝いの声が漏れ聞 こえてくる。
「ルナン……幸せになれるといいね」
「まったく、いつかはこうなると思ってたけど本当に結婚しちゃうなんてね。せいぜいあの短気なタワ シに苦労かけられないように気をつけなさい」
「あはは……ありがとうシンディ、ユミ。大丈夫だよ、わたしにはエクスティンクションがあるから」
「そうそう、それにルナンが幸せでなかったら、あたしがお兄ちゃんに文句言ってあげるし」
はじけるような皆の笑い声が部屋中に響きわたる。
「ルナン、準備は出来たか? 入るぞ」
ノックとともにルナンの父、ガゼールが入ってきた。
「ほお……素晴らしいじゃないか……」
ずっと娘として見守ってきた少女。千年前からの数奇な運命を抱えてきた少女。
その少女が今、生涯の伴侶と出会って、恋に顔を輝かせ、曇りのない幸福を象徴するかのような純白の ウェディングドレスに身を包んだ立派な女性となっている。
本当に美しくなったものだ……なのにこんなに早く嫁に出すことになるとはな。
ガゼールは一足飛びに大人になってしまったような娘に対する畏敬と、その娘のこれからを委ねること になる青年に対する若干の嫉妬が入り混じった奇妙な思いに囚われた。……まさしく花嫁の父の心境そ のものである。
「さあ、ルナン。ディザ君が待ってるよ。早くその晴れ姿を見せておいで」
ルナンは静かに頷き、差し出された父親の手にそっと自分の手を重ねた。

1階では、着慣れない窮屈な白いタキシード姿のもう一人の主役が、半分疲れきった状態で花嫁を待っ ていた。
何しろ、この日のためにわざわざアルシアからやってきた知り合いたちから矢継ぎ早に降りかかってく るお祝いの言葉や、その他もろもろの質問攻めから、やっとの思いで逃げ出したところなのである。
今この場にいるのはサヴィアーやライゼルといった馴染みの仲間と、そして……。
「ほらほら、若いもんがあれしきのことで疲れてどうするんじゃ」
「迎えに来た花婿がそんな醜態さらしてたら、ルナンは幻滅するわよ」
かつてのエターナル幹部で、今はツーリアとセノウでそれぞれ奔走しているエドとラーフィアである。
「う、うるさいな……言われなくたって分かってる」
照れと気恥ずかしさで真っ赤になった顔で反論しつつ、ディザはそそくさと服装を直した。
「あ、ルナンさん降りてきましたよ」
落ち着きなくクマのようにうろうろしていたディザは、サヴィアーのその言葉でばっと階段に全ての意 識を向けた。
ガゼールに手をとられながら、おぼつかない足取りでゆっくりと階段を降りてきた純白のドレス姿。
「……!!」
自分も含めて皆が息を飲むなか、ディザは心臓がいきなり早鐘を打ち出したのを感じた。
流れるような夕陽色のロングヘアと透き通る白い肌、そしてそれらに調和する雪色のウェディングドレ スとヴェール。
ディザは自分にとって唯一かけがえのない美しい女神を己の瞳に映していた。
今すぐこの手に抱きしめたい衝動にかられ、足を踏み出す。
階下に降り立ったルナンの眼前に立つ。やや赤みのさした顔でルナンが自分を見上げている。
「綺麗だ……ルナン」
思わず口から漏れた、混じりけなしの素直な感情。
「……ありがと。ディザだってなかなか似合ってるよ、そのタキシード」
照れたような笑顔で言葉を返される。胸の中の鐘がますます激しく打ち鳴らされていく。
壊れるほどに抱きしめたくなり、手を伸ばした。
「はいはい、ラブラブは2人きりになってからゆっくりやってちょうだいね」
その時、タイミングを見計らったかのようにユミが間に入った。呆れましたと言わんばかりに、2人を さっと引き剥がす。
「あ、ラーフィア……それにエドも、来てくれたんだ……!」
部屋を見渡していたルナンが2人に気づいて歩み寄る。
「折角招待状をもらったからのぉ。ま、そなたたちの人生はまだまだ長い。あせらず頑張ることじゃな」
「ひとまずは……おめでとう、と言うべきかしら。……ルナン、好きな人と人生をともに過ごせるとい うのは本当に幸せなことよ。その幸せな時間……大切にしなさいね」
ラーフィアは心の中に今でも息づいているひとりの男性にそっと思いを馳せた。
もう二度と叶わなくなった願い。ともに在った時間と、あの事件の後の空虚な思い。
あんな悲痛な思いは、かつて敵対していたとはいえ、この2人には絶対に味わってほしくなかった。
「そうだぞ、ディザ、ルナン。夫婦や家族というものは、お互いのことを大事に思っていかなければい けないのだ。くれぐれも互いへの信頼を忘れてはいかんぞ……賞金稼ぎにうつつを抜かして家族をない がしろにしてしまったわしのようにはなるなよ」
「……ああ、肝に銘じておくぜ。ありがとな、おっさん」
「うん……ほんとにありがとう、みんな……」
皆、人生の中でいろいろな思いを抱えてきた。その思いから紡ぎだされた数々の言葉。
ルナンはその言葉から感じる重みをひしひしと胸に受け止めていた。
「そうじゃ、折角だからルナンとディザの前途を祝して、ライゼル一世一代の素晴らしき笑いを差し上 げるとしよう」
「ちょ……お、おっさん、気持ちは嬉しいけど俺たちは遠慮させてもらうぜ」
「ら、ライゼルさん、大事な式の前にこの2人を凍死させるわけにはいきませんよ!」
……そしてこの歓談は、式の準備をしていたクレスフィールド議会職員が皆を呼びに来るまで、ほとん ど途切れることなく続いていった……。

結婚式はクレスフィールド郊外の広場で行われた。
すっかり静まりかえって緊張感がただよう雰囲気の中、年配そうな大陸教会の僧侶がいかめしく2人の 前に立つ。
こほんと一つ咳払いをしたあと、ディザに向き直って重々しく運命の言葉を紡いだ。
「あなたは、この女性を妻として認め、病める時も健やかなる時も、永遠に変わらず愛していくことを、 フィルガルトの空と大地にかけて誓いますか?」
一つ一つの言葉を、噛んで含めるようなその口調。
無神教の大陸教会では、神に誓う代わりに、自分たちと常にともに在って自分たちを見守っている空と 大地にその誓いを示すことになっている。フィルガルトの空と大地が続く限りの、永遠の誓い。
ディザの左手には、さっきからずっとルナンの右手がすっぽり握りこまれている。
結婚式が始まってから、一度もその手を離していない。本当は、ずっと離したくない、その手。
……最初は、捜し求めていた仇、クレイシヴの手掛かりを知りたかったからだった。だけど、ともに旅 をしていくうちにそんなことはどうでもよくなっていた。
気が付いたらどうしようもないくらいに惹かれていた……太陽のように快活で、諦めることのない熱い 情熱を胸に秘めているこの娘に。
だから、守りたかった。最後まで。そして、その先にあるだろう未来においても。
しかし、最後の戦いからしばらくの間、彼女はフィルガルトから完全に姿を消していた。他者の記憶と いう、自らの存在の証までも跡形もなく消し去ってしまっていた。
あの時のことを思い出すたびに、ディザはたまらない不安感に襲われてきた。自分の側からまた彼女が いなくなってしまったら。また自分が彼女のことを忘れてしまったら。
そんな身を切られるような思いは、もうこの先絶対に味わいたくなかった。
ずっと側にいてほしい。
二度と忘れたくない、喪いたくない、たったひとりの女性。
そう、自分は絶対に彼女を――ルナンを誰よりも幸せにする。
握り締める左手に、力がこもる。
「誓います」
決意に満ちた声が広場を満たした。

ディ、ディザ?!
握りこまれた自分の手がさらにぎゅっと握り締められ、ただでさえ緊張して跳ね上がっている心臓が、 ますます激しく打ち出す。
横を振り返って彼の顔を見ようとしたが、新郎の誓いの言葉を確認した僧侶が自分のほうに居直って視 線を向けたので、仕方なくルナンもまた僧侶に向かい合った。
「あなたは、この男性を夫として認め、病める時も健やかなる時も、永遠に変わらず愛していくことを、 フィルガルトの空と大地にかけて誓いますか?」
判で押したように変わらず重々しい口調。
手袋越しにかすかな体温が伝わってくる。剣ダコがいっぱいのごつごつした手。自分たちを、ずっとずっ と守ってくれていた、その手。
いつからだったのだろう……この無骨で優しい手の温もりが、とても大切なものだと感じだしたのは。
あの日、ウェスカ北の森で出逢わなかったら、きっとお互いに運命が大きく変わっていた。
その時は、まさかこんなことになるとは思いもよらなかったけど。
ねえ、ディザ。
あなたはいつだって、わたしを見ていたよね。呼んでくれたよね。
わたしがクレスティーユであっても、ルナンであることに変わりはないと言ってくれた。
シルバーリングの力でクレスティーユの力が覚醒した時、身を挺してわたしを止めようとしてくれた。
わたしを……思い出してくれた。もう一度会いたいと願ってくれた。
……そして、ずっと、ずっと一緒にいたいと言ってくれた。
その度に、わたし。
泣きたくなるほど、嬉しくてたまらなかったんだよ――!
「……誓います」
湧き上がる感情を胸中に抑えた声が風に乗った。

そしてつつがなく式は進行していった。
ルナンはゆっくりと広場の中央に歩み寄り、観衆たちに向かい合った。
手には白いブーケが握られている。将来の花嫁たちに贈る、幸せのプレゼント。
既に観衆の前のほうには、独身女性たちがブーケをもらうために群れを成して殺到していた。
ルナンはその光景に圧倒されつつ、観衆をゆっくりと見渡した。
その時。
さながらピンポイントのように、ある一点でルナンの目が釘付けになった。
ひっそりと、観衆の中に埋もれるようにそこに見えたのは、もう二度と逢えないかと思っていた人。自 分の千年前からの運命を導いてきた人。
(クレイシヴ……!)
その視線に気づいたかのように、クレイシヴがじっとルナンを見上げた。
そして。
「……ルナン?」
気遣うようなディザの声。
その声でルナンははっと我に返り、ディザを見た。
「あ……だ、大丈夫よ。ただ……」
ルナンはもう一度その場所に目をやった。そこにはもうクレイシヴの姿は見えなかった。
(夢……? ううん、違う)
ルナンの胸の中に、一瞬垣間見たクレイシヴの顔が蘇る。
(クレイシヴが……微笑っていた。フィルガルトで暮らしていたときと同じ、笑顔だった……!)
それは、かつて自分を護ってきた人からの何よりの祝福。
幸せで温かい気持ちが身体中に満ちてくる。
ルナンは満面の笑顔で、ディザの腕にきゅっと自分の腕をまわした。
顔を真っ赤にしてどぎまぎするディザを見上げながら、ルナンはそっとささやいた。
「ね、ディザ。これから、ずっと一緒に頑張っていこうね……!」

ブーケは未来への思いを乗せて、六月の青い空に高く舞い上がった。

END
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