37:影

 クレスフィールド。期日には間に合った。彼は荷物を確認する。水気も火気も厳禁の彼の荷物。早く届けるに越したことはない。
「お届けものでーす」
マニュアルどおり、大きな声でクレスフィールドの議長宅の扉をたたく。はーい、と返事してでてきたのは。
「ぬおぅ?!」
「?……あーっ!あんた、いつかのアサッシン!」


 影の中に生き、影として働き。影を追いかけては影に追われ。影で絵を作っては影ふみをしたり。
「いや、最後は違うぞ」
意味不明な独り言をいった彼は、間違いなくいつかの黒装束に身を固めた、どこか間抜けなアサッシンだった。
「あなた、前闘技場にいなかったっけ?」
「いくらなんでも、闘技場だけでは生活できぬのでこの通り、運送業を営んでいる」
 誇らしげだかどうなのか、ともかく言い切ったもとアサッシン。
「そう……まあ、それはよかったというか……よかったわね」
ルナンはいまいち納得できないものを感じつつも、相槌を打った。
「いや、それというのもツーリアでエドというご老人に世話になっておってな」
「はあ。……エド?」
「うむ。元エターナルの幹部だったという。しかしなかなかによい御仁だ」
「……そう」
エドも元アサッシンにこんな評価をされているのは知らないだろう。よくわからないつながりにルナンは多少混乱したが、みなが再出発をはじめていると強引にまとめてしまえば万事丸く収まる、ような気がする。
「そうね、闘技場とツーリアって結構近いものね。エドも工場で働いてたし。で、その商品の運送を頼まれたのが、あなた」
と、むしろ自分を納得させるようにルナンが言うと、彼はうなずいた。
「いかにも。は、いや運送だけではなかった」
「え?受け渡すだけじゃないの?」
「花火はあげるまでが花火だ」
「……いや、それはよくわからないけど。つまり、花火を上げるのもあなたの仕事、ってわけ?」
「そういうことだ」
 彼は重々しくうなずいた。


 代金はすでに払っているということなので、ルナンは受け取りのサインだけをした。
「どうも、ご苦労様」
それだけにしては、えらく疲れたが。
「では」
そう言って、ひとまず今夜の宿へと歩き出した元アサッシンは、数歩進んで振り返った。
「……あ」
「え、まだ何か?」
「その……感謝している」
「はあ?」
 唐突に感謝されて、ルナンは首をかしげる。
「あの時があってこそ、今があると思っている」
「何、私たちがあなたをぶちのめしたとき?」
「……うむ。あの時、殺せないとわかった」
「そりゃ、負けたからね」
ルナンがばっさり言うと、元アサッシンは少し苦笑した。
「いや、それもあるが。もし、力が及んでいたとしても……『かわいいおなご』は殺せん」
「依頼受けたじゃない」
「いけると思ったんだが」
「思わないでよ、そんなの」
「ま、殺せんと、あとから考えて気づいたのでな。足を洗うことにした」
「……そう」
「おかげで影を抜け出せた」
感謝する、と彼はもう一度言った。
「感謝されるようなこと、私は何もしてないけどな」
「しかし気がすまなかったからな。……では、失礼する」
そう言って元アサッシンは去っていった。


 クリスマスまであと2日。影から抜け出した彼のもとにも、クリスマスが訪れる。


No.37: He escaped from the shadow.

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