31:作戦失敗

 クリスマスイブ。夜、ルセイヌは嫌というほど盛り上がっていた。聖夜といえば聞こえはいいが、その実態はといえば単に飲めや歌えの大騒ぎ、である。屋台を出したりする場所は民家があるあたりは避け、城の近辺に一応限ってある。迷惑にならないように、との配慮だったがどうもあまり意味をなしてはいない。
「ま、いいかしら。みんな騒いでるみたいだし」
 ここ数日でなんだかちょっと投げやりになったのでは、といわれているルーシーである。むろん根本的に変わったというわけではない。単に寝不足なだけである(それもどうか)。きちんと完成し、丁寧にラッピングも済ませた手編みのマフラー。このおかげで睡眠時間はだいぶん削られたが、そんなものはどうでもいいのだ。
「……よし!」
気合を入れて、街の中を歩き始める。目立つ彼のことだ、すぐに見つかるだろう。


 ルーシーの予想とは少し異なり、セイルはアルヤやヒロといったなじみの仲間たちと、それほど目立たない場所でそこらに並べられていたご馳走をつまんでいた。ここ数日の行動を、根掘り葉掘り聞かれていたのだ。
「ルセイヌの近くに小さな集落があるだろ。そこにいってたんだって」
「そこで何してたんだよ」
「ふふん、そんなことはお子様にはいえないな」
「最低」
「は!レイシス、君が気にするようなことは何もしてないぞ」
「別に何してても気にしないわよ」
「またそんな、心にもないことを」
「で、何してたんだ?」
「……なんでお前らに言う必要があるんだ」
と、このように一進一退を繰り返している。そこに、ひとりの女性があらわれた。
「勇者様!」
「ん?……あ」
セイルは立ち上がってその女性のところに歩いていった。追及をかわしたようにも取れる。が、一瞬セイルがばつの悪そうな顔をしたのを彼の仲間たちは見逃さなかった。
「……あれは、この件に関係があるな」
「間違いないわね。あ、あの人なにかお礼言ってるみたいよ?」
「てことは、別に悪いことしたわけじゃないね」
「お前さんたちも暇じゃのう」
 じとーっとセイルのほうを見るアルヤ、レイシス、ヒロにジアが言った。ほほえましげに彼らを見るだけで、別に止めようとはしないらしい。
「ふーん、あの、こ…たち?面倒を見て……りがとうございました…」
「……ぅわあ!…な、何してんの姉ちゃん!ていうかどっから現れたの!」
突然現れたミナに、ひとりをのぞき驚く。
「いや、さっきから来てたんじゃがのう」
「そうよ、3人ともじーっとむこうむいてるから、何事かと思って唇読んじゃったじゃない」
「全然気がつかなかった……唇読んだ?」
「ええ。あの子達の面倒を見ていただいて、ありがとうございました。っていってたみたいよ。あの娘さん」
彼女に不可能はないのだろうか。ないのだろう、きっと。
「……あの子達?」
「何のことかしらね。で、なんでセイル様のこと観察してたの?」
「いやまあ……かくかくしかじかで」
 これまでの経緯を簡単にアルヤが話すと、ミナも興味を持ったようだった。
「それはちょっと気になるわねー」
「あ、戻ってくるよ、セイル」
ヒロの言葉どおり、ひとしきり女性と話をした後セイルが戻ってきた。
「ミナ……?いつきたんだ」
「ついさっき。あの子達って誰なんですか?セイル様」
「……は?」
「は?じゃなくて。……もしかして、隠し子ですか?」
「冗談じゃない!」
「それなら、何のことなんですか?」
にっこり、と笑う彼女は悪魔のほほえみ。
「……怖い」
彼女の弟が小さくつぶやき、他の面々も心中で同意する。セイルが一つ、嘆息した。


 寒さが少しだけ緩んだ、一週間ほど前のことだろうか。セイルは町から離れてぶらぶらと何の目的もなく歩いていた。冬の合間の多少のぬくもり。それを無駄にする手はない。そして、小さな集落を訪れたのだ。
「……閑散としてるな」
クリスマスも近いということで、ルセイヌへ出かけているものが多いのだろうか。あちらとはだいぶ違った人の少なさに、寒々しいような、どこか落ち着くような、そんな気分になる。一応道といえるだろう、という程度の小さな道を歩いていると、その脇にひとりの子供が座り込んでいた。
 基本的には子供には興味がない。だが。
(いくら割合あたたかいとはいえ、冬だぞ?)
しかも日向ならまだわかるが、その子供が座り込んでいるのは日陰。眉をひそめて、セイルは声をかけた。
「おい、どうかしたのか?」
 返事はない。もう一度、おい!と今度は肩をたたくと、その子供はびくっとセイルのほうを見上げた。その目は涙でいっぱいだった。
 やばい、と思った。どうも面倒ごととかかわってしまった気がする。
「……死んじゃった……ペロ…ペロー!」
 ずびっと鼻をすすり上げて、その子供は本格的に泣き喚き始めた。やってしまった、とセイルは空を仰いだ。


 泣き喚く子供をなんとかなだめながら話を聞くと、どうも飼っていた犬が死んでしまったらしい。道の脇を見ると、それらしく土を盛った上に石がおいてあった。
「……サンタさんに、生き返らせてもらうんだ」
「……そりゃ無理だ」
 ああ、深くかかわるのはまずいというのに。また顔がゆがんだ子供に、慌てて話す。
「サンタクロースはな、そういう願いはかなえてくれないんだ」
「どうして!サンタさんなんでもくれるもん!おじさん嘘つき!」
「おじ……!…いやな。よく考えてみろ」
一瞬ならず殴ってやろうかとセイルは思ったが、やめておく。そんな大人気ない。
「お前、夜眠くなったら寝るだろう?」
こくん、とうなずく。
「そのとき、無理やり起こされたら嫌だよな」
もう一度、こくんとうなずく。
「ペロも今、眠ってるんだ。起こしちゃだめだ」
「……でも、まだペロと遊びたいのに」
「無理やり起こすか?ペロに嫌われるぞ」
「……やだ」
 ぶんぶんとかぶりを振る。口をアヒルのように突き出して、小さな手をぎゅっと握り締めて。
「それなら、寝かせてやれ。サンタクロースだってな、眠ってるやつを無理やり起こすなんて願い事は聞いてくれないんだから」
 にらみつけるほど、じっとセイルの目を見ている子供。その目から、また涙がぽろぽろとこぼれ出した。
「もう、あそべないんだ」
 死による別れを、諦められるほど成長してはいない。全く理解できないほど幼くもない。そのはざまで、サンタクロースという、奇跡にすがった子供。
「もう会えない。しっかり別れとけ」
その奇跡を、断ち切って。
「代わりに兄ちゃんが遊んでやろう」
「……おじちゃんが?」
「お兄ちゃんが」
 目をぱちくりさせて、子供がセイルを見る。
「お兄ちゃん、遊んでくれるの?」
「おう。もう、こうなったら乗りかかった船だ」
「……ほんと?」
「勇者に二言はない」
 にっと笑う。すると、やっとのことでその子供も笑った。
「それじゃ、みんなと一緒に遊んで!」
「み……みんな?」
 嫌な予感がセイルの脳裏を駆け抜けた。しかしぐいぐいと手を引っ張る子供には勝てず、てくてくと歩いていく。
 子供がセイルを連れて行った、そこには。「保育園」という看板がかけてあった。
「……まさか」
「せんせー、このおじちゃんが遊んでくれるってー!」
 子供特有の脈絡のない宣言に、出てきた「先生」がきれいなお姉さんだったことが、彼にとっての救いではあった。
 かくして、それから十数人の子供の遊び相手……むしろおもちゃにされた勇者セイルである。ひっかかれるわ、けられるわ。ある意味魔物との戦闘よりもハードな時間をすごし、今日出かけたのは失敗だったと、セイルは痛感した。


 その一部始終をかいつまんで聞かされたアルヤたち。
「……別に、隠す必要ないじゃん」
「うるせえな、話す必要だってないだろ」
「なるほどー、子供にひっかかれたのか、それ」
 ひたすら茶々を入れられるセイル。彼を見て、ミナはごそごそと包みを取り出した。
「セイル様」
「なんだよ」
「……プレゼントです、クリスマスの」
「おお。サンキュー」
「あ、姉ちゃん僕には?」
「あんたにもあるわよ」
 いくつか取り出した包み。ミナは全員ぶんクリスマスプレゼントを用意したらしい。
「お返しよろしく♪」
「……受け取り拒否しちゃだめかな」
笑顔のミナから視線をそらしながらヒロは言った。他一同も笑顔が少し引きつる。
「いやね、冗談よ」
「冗談に聞こえないよ、姉ちゃん」
「ミナさん、あけてもいい?」
「いいわよ。あ、ルーシーはどこかしら」
「そのうち来ると思うよ……!」
 ヒロは真っ先に包みを開けたセイルのほうを見て息を呑んだ。
「おー、あったかそうなマフラーじゃないか」
ミナのプレゼント。セイルの包みの中にあったのは、赤いマフラー。
「あ……」
レイシスや、アルヤも気づいた。ジアが怪訝そうに3人を見る。
「どうかしたのか?」
「いや……」
「え、何かあったの?」
ミナが尋ねたその瞬間、ルーシーが現れた。


 困ったな。こういうとき、どうすればいいんだろう。
「よ、ルーシー!」
「お久しぶり」
 セイルとミナが笑顔で呼びかける。セイルの首にかかっているのは、新しいと一目でわかる、マフラー。
「ルーシー……」
レイシスが心配そうに呼びかける。そのとき、目ざとくセイルが見つけてしまった。
「お!もしかしてそれ、プレゼント?」
「セイル様に?」
 反射的に、うなずいて。すぐに後悔する。セイルへのプレゼントだということがばれなければ、中身も見られずにすんだだろうに。
「姉ちゃん!」
「な、何?」
 ヒロがミナに小声で抗議した。アルヤもレイシスばつの悪そうな顔をしている。ジアはそんな3人の姿をみて、何か感じ取ったのだろうか、ルーシーを気遣わしげにみた。ミナは眉を寄せて、ヒロに呼ばれたことを不思議がっている。
 ミナさんは知らなかったんだから、しょうがないのに。みんなありがとう。でも、困ったな。セイル様を困らせるつもりはなかったんだけど。失敗しちゃった。
 ルーシーの頭の中をぐるぐると浮かんでは消える思考をよそに、包みが開けられる。そして、予想もしなかったほど能天気な声が響いた。
「おっ、ルーシーもマフラーか、サンキュー!」
「……え」
 何のためらいもなく、セイルは首から下げた赤いマフラーの上にさらに白いマフラーを掛けた。
「あの……」
「ありがとうな!」
「は、はい」
 こちらが困っていたことなんて、いともたやすく蹴散らして、能天気に笑う。
「……セイルって」
「何、お前うらやましいの?」
「ま、ある意味うらやましいな」
 ヒロがぼやいた言葉にセイルがにやりと笑って、アルヤが安心したようなため息とともに結論付ける。
「なんかお前の言い方はとげがあるな」
「そういう風に言ってるからな」
「……」
 飛び交う軽口に、ルーシーも笑い出す。再開した会話の中で、ミナがこっちを向いて、ごめんね、というように手を合わせた。いいんです、と笑顔のまま首を振る。本当に、単に偶然かち合ってしまっただけだから。
「ルーシー」
呼びかけたのは、レイシス。
「……作戦失敗?」
くすりと笑う。
「そうねー、失敗になるかと思ったけど」
 本当に、どうなることかと思ったけど。
「気がついたら、成功に変わってた」
 そんな力のある人なんです、彼は。
 よかったね、と喜んでくれたレイシスに、ありがとう、と返す。


 クリスマスイブからクリスマスへ。聖夜を笑顔で過ごしましょう。


No.31: Failed!

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