27:餌食

 普段より少し大きめの荷物を持って、彼女は城を出て行く。
「本当に、いくのか?」
歩く彼女を呼び止める。自分には信じられなかった。出世頭といってもいいルーシーが、ルセイヌから離れるなんて。
そんな自分の方を振り返って、ルーシーはため息をついた。
「何度も言わせないで。あんな『政策』を実行するなんて…私は、この国の餌食になりたくないし、誰にもならせたくないの」
「…弱肉強食って言葉、知ってるか。ルーシー、お前だって肉ぐらい食べるだろう?」
 国を支えるために、少しくらい犠牲が出たって仕方がないことじゃないか。他の大勢の国民のためならば。
「食べなければ生きていけない、それは当然のことよ。でも、生き物は死んだら土にかえって植物を肥やすでしょ?誰かの餌食になるとかじゃなくって、命を与えあっているんだって、私はそう思ってる。…ルセイヌは、食べるだけだわ」
「命を与えあっている?そんなの奇麗事じゃないか」
「そうね、今この国がやっていることと比べると恐ろしくきれいよ」
 ぐっと自分をにらみつけて、ルーシーはまくし立てる。
「食べなければ死ぬから、食べる。でもこの国は?盗賊を使って、一般人から直接お金を奪って、そこまでしなければ生きられないの?そこまでして生きる必要があるの?たかが、国よ?!」
小さな声ではあったが、彼女は相当に怒って、叫んでいた。
「たかが国って、ルーシー、お前どういうつもりなんだ」
「止めるわ。これ以上、この国の、皇帝の餌食となる人を増やすわけにはいかない。もう、誰も」
そう言うと、唇を強く引き結んで、彼女はまた歩き出した。
「さよなら、グレイ」
それ以来、ルーシーとは会っていない。彼女の言ったことは、単なる感情論だとしか、その時の自分には思えなかった。


 「城内の警備は整いました。今現在では、何の問題もありません」
聞くだけならば普段どおりの報告。しかしその中身は今までとは少なからず違うものだった。
今までならば、城内を警備していたのは人間の兵士だけで、それが当然だったのだ。しかしいまや、城内は魔物の巣窟である。堅く守られた城。本来なら、最も魔物がいるべきではない場所なのだが。
「ご苦労様でした、グレイ」
「はっ」
 グレイに当てられたのは城内に魔物を配備するという仕事だった。忌み嫌われている魔物たちが、壮麗な城の中でうろつきまわっている。矛盾、違和感、嫌悪。感じるものはさまざまあったものの、命令は命令で、従う以外に選択肢はなかった。大して面倒な仕事でもなかった。魔道士たちの力なのだろうか、グレイにはさっぱり分からなかったが、魔物は彼に対してはおとなしく、危険も何もなかった。
「本当に、今までよく働いてくれましたよ、あなたは」
「は?」
重ねられたねぎらいの言葉に戸惑って、グレイは顔をあげた。目深にかぶった緑色のフードから、かろうじて見えたオウトの口が、にやりと笑うのが見える。
「どうもありがとうございました、と言っているのですよ。…今まで」
ドン、と背中に感じた衝撃とともに、グレイは床に崩れ落ちた。痛みはなく、ただ衝撃だけが頭に残る。目の前に広がる赤い色と、胸のあたりから唐突に突き出ている、銀色と赤の…。
「…ぁ…?」
刺されたのだと、それだけを理解する。それだけしかわからない。
なぜ?なぜ?
ようやく感じ始めた痛みをおさえて、無理やりオウトの方を見ると、彼はまだ笑っていた。いつもと変わらぬ調子で、話している。
「ルーシーさん、覚えていますか?あのお嬢さんがどうやら革命軍を引き連れて、近々ここに攻め入るということでしてね」
ルーシー。城を出て行った…あいつが、またここにくる?
急激に押し寄せた痛みは、またすぐに去っていってしまいそうだった。もう頭が働かない。全てがおぼろげになっていく。
「まあ、あなたはそこそこルーシーさんとも仲がよろしかったですし。正直、あなたにはいろいろと教えすぎたかと思いましてね」
朦朧としている自分に、まだ説明を続けている。妙なところで丁寧に。
「密告の恐れあり。疑わしきは罰せよ。そういうことです」
それで説明は終わりらしい。くだらない。本当にくだらない。
自分はそれほど、危険を顧みずに元同僚に警告してやるほど、出来た人間じゃない。
笑おうとしたら、口から血があふれた。


 自分もこの国の餌食になってしまうらしい。
 ただ無駄に、食われていく。

 オウトの的外れな疑いが、本当であればと思った。
 ルーシーに情報を与えることが出来ればよかったのに。
 ここには魔物がいるんだと。
 知らせたい。

 もし、本当に情報を漏らしていたとしたら。
 それで殺されたのなら。
 命を与えたんだと、胸をはれたのかもしれない。
 それなのに。
 それなのに…。


 「お前は、餌食になんてならないでくれよ…」
真っ赤に染まった視界の中で、血を吐きながらつぶやいた。
その声を聞き取ることができたものは、誰もいなかったけれど。


No.27: oh please, don't become a prey...

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