22:そこにいた

 何年ぶりだろうか、風邪をひいた。
「へくちっ」
「わーユミ、くしゃみかわいいっ」
「……それはどうも」
ここはクレスフィールドのルナンの家。ルナンに誘われクレスフィールドへと来たユミであるが、なんと着いたとたんに風邪をひいた。いや、もちろんそれ以前から前兆があって、それを見逃してしまっただけかもしれないが。ルナンは「クレスフィールドに喧嘩売ってるのー?」などと冗談交じりにすねていた。
「はい、うさぎりんご」
 お約束のようにウサギ形に切られたりんごを、ナックが差し出してくれた。……むしろ、すりおろしたものの方が嬉しいのだが、好意を無にするのもまずいだろう。
「ありがと」
「どういたしまして。具合はどう?」
「そうね、まあ昨日の夜よりはましかしら」
昨日の夜はこんな会話も出来ない状態だった。そうだねーとあいづちを打ちながら、ナックはまじまじとユミの方を見つめた。
「うん、だいぶ顔色もよくなったと思う」
「おかげさまで」
実際、ナックには世話になった。前もこんなことがあったと思い出しつつ、礼を言う。
「あは、なんかユミに素直にお礼言われると照れちゃうね」
「……そう?」
「うん。あ、ルナンとルナンのお父さんにもお礼言っておいた方が良いよ」
「もちろんよ。あー、ほんとに迷惑かけちゃったわね」
 協会あたりのベッドは満員、宿屋で寝込むと他の客に迷惑になるかもしれない、グラウンドシップじゃあんまりだろう、ということで、ユミはルナンの家に泊まりこんでいる。
「お互い様だって、これくらい」
そういってナックはニコニコと笑う。そしてユミがりんごを食べ終わると、皿を持って、それじゃまた、とパタパタと部屋を出て行った。


 頭痛はだいぶ薄れたし、熱もほぼ平熱。のどの痛みはまだ少し。せきが出るようになった。
「……もうちょい、ってとこかしら」
自分で診断して、目をつぶる。昨日起きたら頭痛がしていた。昼ごろクレスフィールドに着いたのだが、夕方には立っているのもやっとになり、夜が風邪のピークだった。その時の状態からすれば、今はだいぶ治りかけている。
(あさってくらいには……)
 そう思いながら、ユミは眠りに落ちていった。


 あたたかい。何がこんなにあたたかいのか。ふとそこを見ると――


 風邪のせいでいつ寝たのか、いつ起きたのか、いまいちはっきりしない頭で、それでも何とかユミは起きた。ゆっくりと目をあけると、そこにはルナンがいた。
「おはよ」
「……おはよう」
「今、晩御飯食べ終わったところ」
大丈夫?とおなじみの問いかけに、あいまいに答える。そんなことより。
「ねえ」
「ん?」
「……なんで、手握ってるの?」
 目を覚ましたあと、手に感じていたあたたかさをまず確認した。するとその手はルナンの両手に包まれていたのだ。
「風邪ひいてる時って、手を握ってもらってると安心したりしない?」
別におかしいことでもなんでもないように、ルナンが返してきた。
「私もさ、小さいとき握ってもらってすごく安心した覚えがあるんだよね……あ」
しまった、という顔。「小さいとき」という言葉のもつ意味を考えたのだろう。
 しばしの沈黙。
「そうね、私もそんな覚えがある」
「ご、ごめんねユミ」
「いいわよ、そんなに気にしなくても。そうね、あたたかかったわ……」
今なら、風邪で自分の強情さも少しは弱まった今なら、認められる。


 風邪が苦しくて、眠っていても苦しくて。でも、目を覚ますと。
 『大丈夫か?』
 そういって、心配そうに手を握り続けてくれた、父がそこにいた。


 握られた手を、そっと握り返す。
「早く、治さなきゃねー」
「そうね。ルナンにうつしたら早く治るかしら」
「……うつすならディザとかサヴィアーあたりに」
「風邪のほうが逃げてくんじゃないかしら」
馬鹿な話をしては、くすくすと笑う。その間も手は握られたままだった。


 あなたがそこにいた。それが何よりあたたかかった。


 クリスマスまであと3日。どうか風邪にはお気をつけて。


No.22: He has been there.

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