6:危機

 12月20日。冷たい風が日増しに強くなって、街を歩く人々の背中は多少丸まっている。寒さに身を縮こまらせながらも、人々の顔はどこか嬉しそうである。それもそのはず、ルセイヌはクリスマスを4日後に控え、その準備でにぎわっているのだ。ドルガイラスの圧制の元ではお祭り事もひそやかなものとならざるをえなかった。それを取り返すべく、今度のクリスマスは町全体で盛大に祝うということになっている。
 さて、いつもならばその街を見回ったり、事務処理を行ったりと忙しい彼女は、というと。
「……ま、まにあわないっ!」
危機に瀕していた。


 前述の通り、ルーシーは多忙の身である。それでも大量の仕事の合間を縫って、彼女はあることに挑戦していた。
「ルーシー、こう言うのもなんだと思うけど……あきらめたほうがいいんじゃない?」
あせっているルーシーに声をかけたのは、クリスマスパーティのうわさを聞きつけてルセイヌに来ているレイシスである。
「いや、ぜっっっったい、あきらめない!」
「……そう。がんばってね」
力強く(しかしどこか涙混じりに)言い切ったルーシーに、レイシスはそう返すしかなかった。簡単にあきらめるような人間ではないのだ、ルーシーは。
「でもそれ、まだ花瓶敷き状態だけど」
そう言った瞬間、ルーシーの手がぴくりととまった。
「……レイシス〜…」
「ごめんもう何も言わない」
今度こそ涙目で恨めしげに見据えられたレイシスは、早口に謝った。ルーシーは深く深くため息をつくと、また手を動かしはじめた。
 彼女の手から生み出されているのは、白いマフラー(予定)。
(間に合うのかな?ルーシーも忙しいんだから、簡単なものにすればいいのに)
 これ以上ルーシーを追い詰めてもまずいと思って、レイシスは心の中でつぶやいた。ルーシーは器用である。勤勉でもある。しかしその彼女がマフラーを全く完成させられずにいるのは、ひとえに大量の仕事のせいである。器用で勤勉。ゆえに仕事も見つけたら見つけただけこなしてしまうし、他人も彼女を頼る。祭りの前で仕事が増えている現在、彼女自身の時間は極端に少なくなっていた。
(有能で、まじめすぎるってのも考えものよねー)
ルーシー自身、働くのが好きというのがまた対処に困るのだ。まだ正方形に近いマフラーを見てレイシスもまたため息をついた。


 動くのはルーシーの編み棒だけという静かな時は、ばんばんばんという落ち着きのないノックによってすぐに破られた。
「る、ルーシーさん、大変です!城門近くで、かなり大人数の喧嘩が…!」
「喧嘩?……わかった、すぐ行くわ」
ルーシーはその言葉にたがわず、すぐに立ち上がった。嫌がりもせずに、当然のように。
「ちょっと待って」
レイシスは止めた。ルーシーも、ルーシーに頼りすぎる人たちも、もう少し考えなきゃ。
「何、どうしたのレイシス?」
「私が行くわ」
「え?」
「え?じゃなくて。ルーシー最近、全然休んでないじゃない。喧嘩を止めるくらいだったら私にも出来るから、私が行くって言ってるの」
(まったく、自覚がないんだから)
働きすぎ。いざ何か起こると自分のことは後回しにして、他人のために走り回る。それがルーシーの魅力といえば、そうなのだけれど。そのために自分を犠牲にさせてはいけない。それが当然のようになってはいけない。
「少しは、私にも手伝わせてよ、ね」
ぱちり、とウインクひとつ。ルーシーはまだきょとんとした顔をしている。
「え、レイシスが?」
「そうだって。ね、ルーシーはちょっと休まなきゃ」
そう言うと、ルーシーはちょっと照れたように笑った。
「そうね、お言葉に甘えちゃおうかな」
「そうそう。倒れられたりしたら困るもん」
 自分の限界、自分の危機は、意外と気づきにくい。他人のことをまず先に考えるルーシーのようなタイプは特にそうだ。一息入れなきゃだめだというレイシスの忠告に、ルーシーはどうやら気がついたようだった。
「……あの、と、いうことは?」
「あ、ごめんなさい。この子、レイシスが代わりに行ってくれるって。大丈夫、私よりずっと強いから」
「まかせて!」
知らせをもってきた男はどこか不安げにレイシスを見た。
「……だ、大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと不安だけど。レイシス、ひどいけがさせちゃだめよ?」
「……うん、がんばる」
その会話に首をかしげた男は、その後恐怖を垣間見ることになる。とりあえず、喧嘩はものの見事に収まったことだけここに記しておく。


 クリスマスまであと5日。彼女のマフラーが完成するかはまだ危機的な状況にある。


No.6: the danger of an incomplete muffler.

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