best smile

 いつでも帰りを待っててくれると思った、両親が突然いなくなって。
 その直後に兄のディザもクレイシヴを追ってアルシアから出て行った。
 ひとりになった。
 毎日泣いていた、その頃。
 ある夜、面倒を見てくれていたおばさんとおじさんが、台所で話すのを聞いた。
 「ナックちゃんも早く立ち直ってくれないと、あのご夫婦も、あちらで心配してるだろうにねえ」
 「確かになあ。時間しか解決してはくれないだろうが…」
 その次の日から、泣くのをやめた。
 前を向いて、歩いていこうと決めたんだ。


 春。外に出るのに覚悟を必要とする季節はすぎて、誰もが心地よく道を歩く。ナックも例に漏れずクレスフィールドの大通りを気分よく歩いていた。
「あー、いい天気」
 この町で、ナックはルナンの手伝いをしている。議長であるガゼールの補佐を、本格的に始めたルナン。その手伝いがナックの今の仕事だ。町の大きさに比べて医者や僧侶の数が少ないクレスフィールドでは、ナックの存在は重宝された。ちなみにナックの兄と師匠も現在クレスフィールドに滞在中で、こちらの二人は主に力仕事担当だ。
「アルシアもいい天気かな…」
 晴れた空に目を細めながら、故郷のことをナックは思い出していた。そろそろ帰ってみるのもいいかもしれない。もともと病人の増える冬の間だけ手伝ってほしい、と頼まれていたのだから。兄たちに相談してみようと思いついて、ナックは帰り道を急いだ。


 クレスフィールドでの宿に帰ってそのことを話すと、ディザは「うーん…」とうなって、しばらく黙っていた。それから言いにくそうに答えた。
「あのな…俺はもう少し、クレスフィールドに残ろうと思うんだ」
「もう少しお手伝いしていくの?」
「いや、そうじゃなくて…もう少しっていうか」
しどろもどろと話すディザ。その普段とはまるで違った様子に、ナックはピン、とひらめいた。
「…おにいちゃん、もしかして」
もう少しではなく。
ずっと?
「ルナンと」
つまりはそういうこと?
「い、いやな、まだ、そんなんじゃ全然ないんだけど!」
 必要以上にあせるディザの姿を見て、ああやっぱりそうなんだとナックは確信した。とうとう決心したんだと。ずっと一緒にいること、それ自体はたぶんもっと前から決めていたはずだ。けれど、そのことを相手に伝えるとなると、さすがに時間がかかったんだろう。
でも。
もう、きっと決めたんだ。
「お兄ちゃん、それルナンに言ったの?」
「…まだだ。まず、お前に言っておこうかと思って」
照れているというか、緊張しているというか。ともかく硬くなっている兄に、ナックは笑いながら言った。
「なーんだ。ダメじゃないお兄ちゃん、まずそういうことは相手に言わなきゃ!」
そう言って、そうごまかして、部屋を出た。
なぜか心の底から喜べないで、兄の決心に「おめでとう」も言えなかった。


  部屋を出て、なんとなく町の中心にある池の方に歩いた。さっきも歩いた道なのに、気分は全く違う。喜ぶのが当たり前なのに、なぜこんなにも気分が晴れないのだろう。嬉しいという気持ちももちろんある。何しろ、二人ともナックの大事な、大好きな人。
その二人が、きっと幸せになる。
だから、嬉しいはずでしょう?
「あ、お師匠様…」
 人が集まるところに芸人あり。夢と笑いを振りまく(予定の)ライゼルは、町の中央へとやってきたらしい。すぐにナックのことに気づいて、話しかけてきてくれた。
「どうした、ナック?もう帰っておると思ったんじゃが」
「うん、一回帰ったんだけど…」
返答に困ってしまう。どうしよう。どう言えばいい?
「あ、あのね、お師匠様、すごいニュースがあるの!お兄ちゃんがね、とうとう…」
喜ばなければならない。
お師匠様はきっと喜んでくれるから、そしたらいっしょに喜べるかもしれない。
そう、たぶん、驚いたんだ。それだけなんだ。
ナックは胸の中のもやもやを無理やり晴らすように、努めて明るく、ライゼルにディザの決心について話した。


  ナックの予想通り、ライゼルは話を聞いて、ぱっと笑顔になった。
「そうか、それは良いことじゃな」
そうでしょ?良いことでしょう?
「だが…ナックは少しさびしくなるのう」
「え?」
その言葉は予想外だった。さびしくなる。
「だ、大丈夫!もうあたしも子供じゃないから」
「それもそうだがなあ。ナックや」
す、と真顔になってライゼルはナックの目を覗き込んだ。
「無理をしとらんか?」
「…」

嬉しいはずだと思っていました。
でもそれは、あくまで「はず」で、本当は。

「お師匠様…」
出した声は自分でも驚くほど弱々しかった。
「あたし、またひとりになっちゃうのかな」
そうつぶやいて、ナックは初めて自分が怖がっていることに気がついた。足が震える。
喜ぶべき出来事なのに、怖がるなんて自分勝手すぎる。
呆れられてしまうんじゃないかと、それも怖かった。
だが、ナックのつぶやきを聞いて、彼女の師匠は呆れることなどなく、ただ優しく微笑んだ。
「大丈夫じゃよ、ナック」
ゆっくりとナックを抱きしめて、ぽんぽんと背中をたたいきながら、ライゼルは言った。
「誰もお前さんを一人になぞさせんよ」
優しい声の響きが、ナックを包み込む。
「少しくらい、わがままや、泣き言を言っても」
震えが収まり、心がほぐれていくのを感じた。
「お前さんは正しいことをちゃんと知っておるから」
――温かくて広い胸に、父さんを思い出しました。
「みんな、ナックのことを愛しておるから」
――頭をなでてくれた優しい手に、母さんを思い出しました。
「だから、大丈夫じゃよ」
もう一度繰り返したライゼルにすがり付いて、ナックは思い切り泣き出した。
もう泣かないと決めたあの日以来の、涙だった。


 怖かったんです。
 父さんや母さんや、周りの人に心配をかけちゃいけないと思って。
 だから、前を見ようと思った。
 立ち止まることも、後ろを見ることもやめようと。
 泣いちゃいけない。
 頑張らないといけない。
 たぶんずっと、そう思ってきたんです。


 ひとしきり泣いて、しゃくりながらもナックが顔を上げると、ライゼルはにこっと笑った。それを見て、ナックもちょっと照れながらにっこり笑う。もう大丈夫。
「もう、お祝いできるな?」
「はい!」
「よし、思いっきりからかってやろう」
茶目っ気たっぷりにいう師匠に、ナックは大きくうなずいた。
「ユミやサヴィアーたちも呼びたいなあ…。ね、お師匠様、早く帰りましょ」
「うむ。帰るとするか!」
思いきりからかって、思いきりお祝いしよう。
たくさん泣いた分、きっと今日はたくさん笑える。

泣くことを思い出したから、今日からはまた、最高の笑顔で。
立ち止まったり、振り返ったり、時には寄り道もしたりしながら。
幸せの道を突き進もう!




END
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