君を祝う日

いつもは厳粛な静寂に包まれている皇宮は、今日は人でにぎわっていた。そのざわめきが徐々におさまり、一人の声が響き渡る。
「今日で誕生より十年。クレスティーユは、もはやこのフィルガルトには欠かせない存在になっている。CR−E計画に携わり、支えてくれている諸君らの努力を、今宵はねぎらいたいと思う。存分に楽しんでくれ」
皇帝ディーンの言葉に、拍手が沸き起こる。クレスティーユが生まれて十年目となる今日、それを祝うパーティが開かれていた。しかしこの場に、主役であるはずのクレスティーユはいない。
「おい、クレイシヴ。主役がいないではないか。CR−Eはどうした?」
「クレスティーユは先日の戦闘での疲れが、まだ癒えておりません。今日は休ませてあります」
「そうか、まあ良い」
尋ねてきた役人に、クレイシヴは答えた。用意しておいた答え。ただし、正確なものではない。クレスティーユも少し疲れてはいたが、来させなかった本当の理由は…。ただ、連れて来たくなかったのだ。クレスティーユの誕生日ではなく、CR−E計画の成功を祝うこの場には。


ここで祝われるのは、計画に携わる研究者、科学者、役人。たとえクレスティーユがいたとしても、彼女は彼らの成果として見られる。優秀な、生命兵器として。
「いやしかし、CR−Eは本当に優秀ですな」
「確かに。先日の戦闘は、CR−E抜きではありえなかったでしょう」
「発揮する力も、身体とのバランスも見事なものです」
周囲の会話が厭わしい。
「今までの失敗が役に立ちましたかな」
「ああ。力を振るえぬCR−Aに始まり…」
「力を暴走させて身体を崩壊させたもの、脆弱すぎて、敵弾に倒れたもの」
「CR−Eはそれらとは違う。これからはもっと大規模な戦いにも送り出せるでしょう」
「何しろ十年も経ったんだ。あの力は本物だな」
「シルバーリングの効果もすばらしいですよ…」
クレスティーユを連れてこなくて、本当によかったとクレイシヴは思った。こんな会話は聞かせられない。できれば、自分も来たくはなかったが…言い訳をしておかねば、クレスティーユだけがつれてこられる危険性があった。それだけは、避けたかった。


「よ、クレイシヴ」
突然、周囲の声とは雰囲気の違う声がかけられた。
「…?」
振り返ると、見知った男だった。自分たちを普通の人間とかわらず扱う、数少ない人間のひとりだ。
「相変わらず、難しい顔してるな」
「…周りの話を聞けばな」
「仕方ない、か。でも、わざわざいやなところに残っていることはないだろう」
「しかし…」
言いかけたクレイシヴをさえぎるように、彼はずいっと、あるものを差し出した。
「…ケーキ?」
「ほかに何に見えるんだ。バースデイ・ケーキ、給仕の連中に作ってもらったんだよ」
にかっと笑って、男は続ける。
「早く帰って、渡してくれよ。今日は嬢ちゃんの誕生日だろ?」
「そうだが…私が帰って、いいのか?」
「いいだろ。陛下ももう席をはずされたし、すぐに無礼講になるさ」
何かあったら、俺が丸め込んでおくよ、と彼は言って、料理に手を伸ばし始めた。
「…すまない」
「かまわんかまわん。おめでとうって、伝えておいてくれ」
さっさと行けと言うように手をふった男に、心から感謝をしながら、クレイシヴは部屋へと向かった。


広すぎる廊下を歩きながら、クレイシヴは考える。


いつか、彼と同じように、みなが彼女自身を祝う日が来るのだろうか。
来るかもしれない。来ないかもしれない。
けれどいつか…そのときが来るまで。せめて、自分は。


部屋についてドアを開けると、待ちかねたようにクレスティーユが顔を出した。
「お帰りクレイシヴ。…それは?」


せめて自分は、彼女を祝おう。


「誕生日おめでとう、クレスティーユ」


バースデイ・ケーキを差し出しながら、彼は祝いの言葉を告げた。



END




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