一人か二人か…

それは、秋も深まってきたある日のことだった。
「そろそろ風も冷たくなってきたわね」
ルナンは甲板から戻ってきて、グラウンドシップの操縦をしているサヴィアーに話しかけた。
操縦席にサヴィアーが一人。他のみんなは下に降りているようだ。
「そろそろドーグリですね。あそこでの用事がすんだら、今度はどこへ行きましょうか」
「うーん、特に用もないし。みんな、行きたいとこあるかしら」
「ま、用事を済ませてからにしますか」
「そうね」
会話のあいだも、船は目的地へどんどん近づいていく。サヴィアーの運転は、一度失敗したルナンから見ると、すごいものに思えた。比較する対照が少なすぎるので、確証はないけれど。何度かのった定期船と比べても、それほど差はないように思えた。だが。
「そういえば、ドーグリってシンディの故郷よね」
がくん、と船が揺れた。

ドーグリでの用は、ガゼールからの手紙を村長に渡すというただのお使いだった。ルナンには少し懐かしい。
今はこの村が一番忙しくなる収穫の季節で、いつもは何かと話し掛けてくる村長も、さすがに今回は手紙の礼を言っただけ。村中が忙しく駆け回っているようだった。
ルナンたちは手紙を渡したあと、買い物を少しすませると、早々に船へ戻ることにした。
「…これのどこが少しだよ」
荷物もちのディザは多少感想が違ったようだが。
買いこんだのは主にとれたての農作物。トマトがたくさんあるのは言うまでもない。
グラウンドシップに戻り、皆がテーブルにつく。
「さて、お使いも買い物もすんだ、と。こんどはどこにいこっか?」
ルナンが言うと、めずらしくシンディが口を開いた。
「あの…私、行きたいところがあるんだけど」
「あらめずらしい。どんなところ?」
興味をひかれたのか、ユミが面白そうにたずねる。
「ここからそう遠くはない森の中なんだけど…私が案内するから」
「じゃ、そこで決まりでいいかな」
目的地を決めるときは、ここに行きたい、いやあそこに行こう、とたいてい大騒ぎになる。だが今回は、普段あまり自分の希望を言うことがないシンディの意見というだけに、みんな異存がないようだった。
「シンディが行きたい場所か…どんなところか、楽しみだな」
ディザが言うと、シンディが少し首をかしげた。
「その、悪いけど、私一人で行きたいの」
「ええっ!?シンディさんいけませんよ、モンスターがいるかもしれませんし、もしかすると盗賊とか、人攫いとか」
「大丈夫。そんなに強いモンスターはいないわ」
「シンディ嬢ちゃんはなかなかの手練じゃしのう」
「いいえ!不肖このサヴィアー、かよわき女性を見知らぬ場所に一人歩かせるなど承知できませぬ!拙者もお供いたします」
必死に熱弁するサヴィアー。力の入りすぎからか、口調まで変わっている。
そしてシンディがかよわいかどうかはともかく、彼の意見は他の女性陣に受け入れられた。
「そうねー、なんだかんだ言っても危ないから。そうしたほうがいいかもね」
「そうだよ。やっぱりひとりじゃちょっと危ないと思うよ。町からもけっこう遠いんでしょ?」
「こう言ってるんだから。ありがたくついて来てもらったら?他人は使うものよ」
3人の女性が口々に言うと、ディザも口を開いた。
「そうだな、いくら強くてもひとりは危ないかもな。なんなら、やっぱり俺たちもついていこうかぐわっ!?」
「やーねー、ディザ。どうかしたの?」
「お兄ちゃん、何か言ったー?」
聞かれても、両側からみぞおちにひじうちを食らっては、さすがのディザも喋れない。そしてユミが続ける。
「グラウンドシップの整備もしたいし。ふたりで行ってきたら?」
整備に使われるのか、となんともいえない顔でルナンとナックはユミを見た。
まだシンディはどうしようかと悩んでいるようだったが、納得というよりは、どちらでも良くなった様子で、結局はこう言った。
「それじゃ、お願いするわ」
「は、はい!」
ふたりで、というユミの言葉にどこかぼうっとなっていたサヴィアーだったが、シンディの言葉に勢いよくうなずく。
「じゃ、出発ね」
ルナンが言うと、シンディとサヴィアーは操縦室へ、ルナン、ナック、ユミは仕入れた野菜類の整理へ向かった。
残されたのは、お茶をすするライゼルと、いまだ突っ伏しているディザ。
「ディザ、お主もう少し話術というものを学んだほうがよいの」
「……そう、だな。身をもって知ったよ」

ここあたりよ、とシンディが言ったのはドーグリ付近の静かな森だった。
木々がうっそうと繁っており、グラウンドシップでは入りにくい。サヴィアーとシンディは降りる準備をした。
他の面々は見送りをする。
「私たちは船の整備をするから。ま、ゆっくりといってらっしゃいよ」
ユミがめずらしくやさしいことを言う。きっと今からは皆、彼女にこき使われるのだろうと思うと、サヴィアーはその言葉に二重の意味で感謝をした。これから行く場所がどういうところなのか、気にならないわけではなかったが、何よりもシンディとふたりだということが胸を弾ませる。
「それでは、いってまいります」
「すぐ戻るから」
「気をつけてね」
仲間たちに見送られて、森の中を行く。
半ばスキップするような足取りで、彼はシンディと並んでまだ知らない目的地へと進みはじめた。

「さて、行くわよ」
「あ、もう少し待ったほうがいいんじゃないの?サヴィアーはともかく、シンディは気づくかもしれないわ」
「どうかな、シンディもけっこう鈍いところあるけど。お兄ちゃん、どう思う?」
「…いや、船の整備するんじゃなかったのか?」
「ばかね、方便に決まってるでしょ」
「…」
「だからお主、もっと話術を学んだほうがいいといっとるじゃろ。ちなみに、あと1、2分は待ったほうがいいと思うぞ」
「お師匠様、すごーいっ」
「うむ。笑いの道でもタイミングは重要じゃからな」
「はい、メモしておきます!」

森の中はモンスターも出ず、たまに鳥の声が聞こえるだけだった。
もとよりあまり話さないシンディとふたりで歩いているため、普段では考えられないほど静かだ。
サヴィアーはこの静寂を打ち破るべく、思いきって口を開いた。
「あ、あの、シンディさん、これから行くのはどんなところなんです?」
「…行けば、わかるから」
これ以上ないほど簡潔な答えかたをされた。静寂がさらに深まる。
道は、進むにつれて悪くなっていく気がする。となりのシンディは普通と変わらない、むしろいつもより速いペースで歩いている。30分も歩いただろうか、サヴィアーは多少息があがってきていた。
山歩きにはあまり慣れていない。体力は旅の間に少しは鍛えられたと思っていたが、最近はもっぱらグラウンドシップで移動するため、体がなまってきたのかもしれない。これでは、どちらが守られるほうだか。そんなことを考えては、多少落ち込みながら、黙々と歩く。こうなるとシンディの無口さに助けられる。今話すと、息があがっていることがばれてしまうかもしれない。
「もう少しよ」
そうシンディが言ったとき、サヴィアーは正直ほっとした。いつの間にか下を向いていたらしい。顔を上げると、あたりが明るくなっていた。道端には花が咲き、木々は木漏れ日を作っている。どこかで川の流れる音もする。
そして遠くに、小さな墓地が見えた。
「お墓、ですか?」
「そう、父のね」
そういったシンディの表情に、サヴィアーは胸をつかれた。シンディの父親には、自分たちも間接的にだが関わった。父親のために、彼女は一度、自分たちを裏切ったのだ。シンディが一人でいきたいといった理由がわかる気がした。
「…ちょっと、先に行っててくれる?」
「ええ、かまいません」
シンディが道をそれた。どこへ行くのか不思議に思いつつ、サヴィアーは足を進めた。

しばらく歩いてサヴィアーが墓地に入ると、そこはきちんと整備された場所だった。
舗装された道もある。サヴィアーとシンディが通ってきたのとは違う道で、かなり曲がりくねっていた。
歩いてきた道はほとんど直線だったので、距離で考えれば舗装道よりも短かっただろう。歩きにくいことこの上なかったが。
近いからあの道を選んだのかな、とサヴィアーが考えてるとシンディが戻ってきて、その疑問は吹き飛んだ。
彼女はサヴィアーの見たことのない、綺麗な花を一束抱えていた。
「…すごく綺麗な花ですね。なんと言う花なんです?」
「知らないの。でも、父が好きだった。咲いている場所が少ないのよね」
道の選択にはそんな理由もあったらしい。
そのことに、荒れた道を歩かされたことも忘れてサヴィアーが感動していると、シンディはさっさと墓の一つに向かっていってしまった。 あわててサヴィアーも追いかける。ある真新しい墓の前で、シンディは立ち止まった。
「こちらですか」
「ええ」
花をささげながら、シンディが応える。少し目を伏せて。
こんな悲しそうな顔をさせてしまってはいけない。サヴィアーは焦って質問をした。
「その、どんな方だったんですか?お父上は」
尋ねてから、逆にまた悲しませてしまっただろうかと後悔する。彼女と話すときはいつも、普段のようにうまく話せず苦労するのだ。サヴィアーが一人で悩んでいると、シンディが少し微笑んで答えた。
「そうね、優しい人だったわ。本当に…」
むしろ甘いといったほうが良いかもしれないほど、優しい人だったシンディは話した。
「父親としては、理想的じゃなかったかもしれない。だけど」
一つ息をつき、また少し悲しそうな目をする。
「だけど、私には大事な人だった。たった一人の、大事な人だったの」
たった一人。その言葉がサヴィアーの胸に突き刺さった。
その言葉にうなずいてしまってはいけない。たった一人の大事な人間が死んでしまったのなら、シンディは今一人ぼっちだということになる。そんなことはないと、伝えなければならなかった。伝えなければ…。

「僕じゃ、駄目ですか?」
「え?」
サヴィアーの言葉に、シンディが驚いたように目を見開いた。実は、サヴィアー自身も驚いていた。こんな言葉を言うはずじゃなかったのだ。顔が赤くなるのを感じながらも、あわてて取り繕う。
「い、いえ、そうじゃなくて。ほら、僕や、ルナンさんやディザさんや…皆さんいらっしゃいますから。
みんな、シンディさんのことを大事に思ってますから。ですからその、できればシンディさんも」
自分でもおかしいくらいに動揺して、何を言っているのかさっぱりわからない。
これで伝わるのかと、情けない思いを抱きながらシンディの顔をうかがう。彼女はポツリとつぶやいた。
「たった一人、だった、の」
あぁ、やっぱり伝わらなかったのだろうかとサヴィアーがまた思考の堂堂巡りに入ろうとしたとき。
「だった。だから、今は違うのよ」
「え?」
今度はサヴィアーが聞き返す番だった。
「昔は、私には父さんしかいなかった。でも、今は皆がいるから」
「あ…す、すいません」
どうやらただの勘違いだということに、サヴィアーはやっと気がついた。
気づいたとたんに恥ずかしくなる。自分は一体何を言ってしまったのだろうか。呆れられてしまっただろうか?
「あの、シンディさん、僕はその…」
「ありがとう、サヴィアー」
「は?」
ふと見ると、シンディは今まで見たこともないような、綺麗な笑顔を浮かべていた。
「私のこと大事だって言ってくれて。私も、サヴィアーたちのこと大事だって思ってるわ」
「は、あ、ありがとうございます!」

それから船に帰るまでに、墓の周りを掃除したり、また荒れ道を歩いたりしたのだが。
サヴィアーは、ほとんど覚えていなかった。

「…サヴィアー"たち"って言われたの、気づいてるのかしら」
「気づいてないんじゃないの?しかしまぁ、積極的なんだか消極的なんだかよくわかんない男よね」
「相変わらずきついの、ユミ殿は」
「あ、そろそろ帰るみたいだね。撤退!何してるの、お兄ちゃん早く!」
「…お前ら、いつもこんなことしてんのか?」
「くくく…ご想像にお任せするわ」


END
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